コラム
2019年04月02日

意識したい『座り過ぎ』の問題-健康リスクを下げて、生産性を上げる

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――「座り過ぎ」は万病の元

職場での健康リスクと言われて「座り過ぎ」を挙げる人はどれだけ居るだろうか。座るという行為は半ば無意識的な行動であるため、飲酒や喫煙のように普段から危険性を感じている人は少ない。

しかし、最近の研究では、「座り過ぎ」は飲酒や喫煙と同じくらい健康を損なうリスクがあると報告されている。豪シドニー大学van der Ploeg氏らの研究(2012)1によれば、1日11時間以上座る人の総死亡リスクは、4時間未満の人と比べて40%ほど高いとされる。また、米ジョージア州アトランタ・米国癌協会・行動疫学研究グループPatel氏らの調査(2018)2では、1日6時間以上座る人の総死亡リスクは3時間未満の人に比べて19%ほど高く、循環器系疾患、癌、糖尿病、腎臓病、自殺、慢性閉塞性肺疾患、嚥下性肺炎、肝臓、消化性潰瘍などの消化器系疾患、パーキンソン病、アルツハイマー病、神経系疾患、筋骨格系疾患などの死亡リスクを高めるという。さらに、米カリフォルニア大学・ロサンゼルス校・セメル神経科学・ヒト行動研究所Siddarth氏らの研究(2018)3では、座る時間が長くなることで記憶形成に関わる脳領域の厚みは薄くなり、認知能力を低下させる危険性があることも指摘されている。そして、これらの影響は強度の高い運動をしても相殺されない。

日本はこの問題に対して、特に敏感になることが必要である。豪シドニー大学のBauman氏らが世界20カ国の成人を対象として実施した調査(2011)4によると、日本は世界で最も「平日の総座位時間」が長い国の1つであることが分かった (図表1)。日本の総座位時間は420分/日であるのに対して、世界20カ国の平均は300分/日。日本は、世界平均より2時間も長く座っていることになる。
(図表1) 世界20カ国の座位時間
 
1 van der Ploeg HP, Chey T, Korda RJ, Banks E, Bauman A. Sitting time and all-cause mortality risk in 222 497 Australian adults. Arch Intern Med. 2012 Mar 26;172(6):494-500.
2 Patel AV, Maliniak ML, Rees-Punia E, Matthews CE, Gapstur SM. Prolonged Leisure Time Spent Sitting in Relation to Cause-Specific Mortality in a Large US Cohort. Am J Epidemiol. 2018 Oct 1;187(10):2151-2158.
3 Siddarth P, Burggren AC, Eyre HA, Small GW, Merrill DA. Sedentary behavior associated with reduced medial temporal lobe thickness in middle-aged and older adults. PLoS One. 2018 Apr 12;13(4):e0195549.
4 Bauman A, Ainsworth BE, Sallis JF, Hagströmer M, Craig CL, Bull FC, Pratt M, Venugopal K, Chau J, Sjöström M; IPS Group. The descriptive epidemiology of sitting. A 20-country comparison using the International Physical Activity Questionnaire (IPAQ). Am J Prev Med. 2011 Aug;41(2):228-35.

2――「座る→立つ・歩く」の働き方改革

それでは「座り過ぎ」の問題を解決するためには、平日の主な活動の場となる職場で何ができるのだろうか。

まず、お勧めすることは、自分の健康リスクを知ることである。平均的な就業日における総座位時間を実際に計測してみることだ。豪シドニー大学van der Ploeg氏らの研究では、総座位時間が8時間/日を越えたところで総死亡リスクは顕著に上がっている。この時間を1つの目安としてみると良いだろう。ただし、座っている時間は、自分が思う以上に長い可能性があることには留意が必要だ。日本企業12社を対象とした九州大学本田氏らの研究(2014)5では、労働者の主観的な座位時間は8.4時間であったのに対して、装置を用いた客観的な記録では8.8時間になったという。この傾向は、女性よりも男性、若者よりも高齢者、独身よりも既婚者といった属性で観察されている。

次に、取り組むべきことは、座っている時間をできるだけ短くすることである。複数の研究から、30分から1時間に一度立ち上がるだけでも、疲労レベルの大幅な低下、腰痛の軽減、代謝改善による肥満防止、健康リスクの低減などに効果があるとされる6。図表2は、筆者が思いつく職場で直ぐできる取組みの1例である。短い時間であっても立ち上がってみることが大切だ。
(図表2) 直ぐにできる取組み
個人として取組むことも重要であるが、スタンディングデスクの導入や、椅子のバランスボールへの置き換えなど、会社ぐるみで取組む企業も出てきている。Google、Facebook、Ericsson、VOLVOなどシリコンバレーや北欧諸国に拠点を構える企業では、既に立ったまま働くスタイルは一般的だ。この取組みは、社員の創造性を高める効果も期待されているようだ。米スタンフォード大学のOppezzo氏らの研究(2014)7によると、被験者の81%は歩く動作を入れた方が座った状態にあるより創造的であり、平均して60%の創造性の向上が見られたという。ただし、単一の答えを出すような収束的な思考をする場合には、むしろ座った状態の方が効果的であるとする結果も同時に示されている。企業の積極的な取り組みが、社員の健康を増進させるだけでなく、職場の生産性を向上させる可能性がある。
 
5 Honda T, Chen S, Kishimoto H, Narazaki K, Kumagai S. Identifying associations between sedentary time and cardio-metabolic risk factors in working adults using objective and subjective measures: a cross-sectional analysis. BMC Public Health. 2014 Dec 19;14:1307.
6 Thorp AA, Kingwell BA, Owen N, Dunstan DW. Breaking up workplace sitting time with intermittent standing bouts improves fatigue and musculoskeletal discomfort in overweight/obese office workers. Occup Environ Med. 2014 Nov;71(11):765-71.
 Healy GN, Dunstan DW, Salmon J, Cerin E, Shaw JE, Zimmet PZ, Owen N. Breaks in sedentary time: beneficial associations with metabolic risk. Diabetes Care. 2008 Apr;31(4):661-6.
7 Oppezzo M, Schwartz DL. Give your ideas some legs: the positive effect of walking on creative thinking. J Exp Psychol Learn Mem Cogn. 2014 Jul;40(4):1142-52.

3――指針改定に向けて検討が進む

近年、世界保健機関(WHO)をはじめとする多くの機関や専門家が、この問題に対して警鐘を鳴らしている。日本ではこれまでほとんど本格的な取組みはされて来なかったが、最近になって取組みが進む可能性が出てきている。2018年6月、厚生労働省とスポーツ庁が開催した「スポーツを通じた健康増進のための厚生労働省とスポーツ庁の連携会議」において、労働安全衛生法第70条の2に基づく「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」の改訂に向けた検討の方針が示され、職場で実践可能な健康保持増進対策の1例として「座りすぎ防止」が挙げられている。同指針は、事業者の努力義務として定めた健康増進措置の具体的な実施方法が示されたものであり、企業は将来この問題に対して積極的に対処することを求められる可能性がある。企業も個人もこの問題を「我がこと」として捉える必要があるだろう。
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2019年04月02日「研究員の眼」)

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