2019年01月31日

研究学園都市が挑む、「つくば市スタートアップ戦略」

中村 洋介

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2|つくば市スタートアップ戦略
研究機関の集積、都心から1時間程度でのアクセス、特区指定等、魅力的な要素を有し、創業支援にも取り組んできたつくば市であるが、次々と革新的なベンチャーが生み出される豊かなベンチャー・エコシステムの確立には至っていない。つくば市からは、介護支援ロボットを手掛けて上場を果たした筑波大発ベンチャーのCYBERDYNEや、産総研の技術をベースに設立され、ファナックに買収されたロボットベンチャーのライフロボティクスのようなロールモデルも生まれたが、同じように急成長を遂げて上場やM&Aに至ったケースは多くはない。

そこで、筑波研究学園都市としてのポテンシャルを活かし切り、革新的なベンチャーを生み出すエコシステムを作り出すべく、2018年12月から「つくば市スタートアップ戦略」をスタートさせた(図表6)。そこでは、一般的な創業ではなく、新たなビジネスモデルを開拓し急成長を目指す企業(スタートアップ)を対象としている。赤字期間を経て急成長するようなJカーブと呼ばれる成長曲線を描き、VC等のリスクマネーを活用しながら、新たな市場の獲得を目指す企業がターゲットだ。
(図表6)つくば市スタートアップ戦略の概要
とりわけ、「潜在的起業希望期~創業期(起業に踏み出す前から、実際に起業するまでの段階)」、「創業期~事業化期(起業してから間もない、事業立ち上げに取り組む段階)」の企業(起業家)に対する支援に課題があると認識し、そこに注力する方針だ。

当戦略においては、12の個別方針、そして24の施策が掲げられた。主な施策を見ていくと、駅周辺のようにアクセスの良い場所にベンチャーの活動・交流拠点が不足していることを鑑み、つくば市産業振興センターをリニューアルし、ワーキングスペースやミーティングルームを備えた拠点とする。また、研究機関が有する研究機材をベンチャーも活用出来るように、研究機材の「シェアリング」や、研究機材を活用した「ハッカソン3」を検討し、研究開発型ベンチャーが活動しやすい環境作りを進めていく。そして、米国で実施されているSBIR(Small Business Innovation Research)という競争的補助金プログラムを参考に、つくば版SBIR制度を構築する。「研究学園都市ならでは」と言える研究開発型やテクノロジー系のベンチャーの場合、事業化するまでの時間が長く、必要資金も大きくなる傾向があるため、この制度で成長資金をサポートする狙いがある。

当戦略の対象期間は2022年度までとされた。ベンチャーをめぐる環境変化が激しいこともあって、中間年に見直しを行う予定だ。今後「第2期」の戦略を策定することも、視野に入ってくるだろう。
 
3 ある期間で集中的にプログラム開発、サービス発案等の共同作業を行い、その内容・アイデアを競う合うイベントのこと。
3高い期待、一方で乗り越えるべきハードルも高い
この戦略の司令塔となる市のスタートアップ推進室には起業経験者が参画し、「スタートアップに寄り添うまち」というビジョンを掲げた。また、市民に起業家やベンチャーへの理解を深めてもらうことを企図したイベント「Tsukuba Thursday Gathering」を定期的に開催している。「上から目線」ではなく「起業家目線」で、そして市民も巻き込んで機運を高めていこうという姿勢が窺える。

この取り組みには、研究学園都市ならではの研究開発型やテクノロジー系のベンチャーを創出することへの期待がかかる。政府の成長戦略「未来投資戦略2018」でも、「企業価値又は時価総額が10億ドル以上となる、未上場ベンチャー企業(ユニコーン企業)又は上場ベンチャーを2023年までに20社創出する」ことを目標として掲げている。革新的な技術・ビジネスモデルをベースとした、世界で活躍出来るベンチャーが切望されている中、核となる大学や多くの研究機関を擁するつくば市の取り組みが花開けば、日本のベンチャー支援策、産業振興策にとっても大きな進歩となる。

一方で、乗り越えるべきハードルも高い。つくば市が期待されているような研究開発型やテクノロジー、ものづくり、ハード系のベンチャーならではの難しさがある。こうした分野・領域は、事業化までの時間が長く、必要資金も大きくなるのは上述の通りだ。それ故、これまでこの分野に民間のリスクマネーが集まりづらかったという現状がある。また、そこに精通したベンチャー・キャピタリストが多いわけではない。その分、研究者等が起業に踏み切るハードルも高くなる。「技術」「ものづくり」に強い日本というイメージが強いが、そうした分野のベンチャーが次々生まれるベンチャー・エコシステムはまだ育っていない。一方、ITサービス、ソフトウェア系のベンチャーは、研究開発型、テクノロジー系のベンチャーと比較すると、事業化までに要する時間と資金は少なくて済む。この分野では、スマートフォンやSaaS等の新しいビジネスチャンスが多く到来し、多くの新規上場(IPO)を生み出した。メルカリ(フリマアプリ)というロールモデルも現れ、リスクマネーも集まり、エコシステムが育ちつつある分野だ。このように、一言でベンチャーといっても分野や領域によって大きな違いがある。つくば市が「主戦場」とするのは、ベンチャーの中でもよりハードルが高いと言われている分野である。

だからこそ、長期的な視点が求められる。すぐには成果が出ない取り組みであり、むしろ失敗や苦難が先行し、後になってやっと大きな果実が得られるのがベンチャーである。緩やかな景気拡大や金融緩和政策等、ここ数年はベンチャーにとって良い環境が続いてきた。ただ、景気拡大が長期化している中で、米中貿易摩擦等の影響で世界景気や金融市場の先行きに対する不透明感が高まっている。今後数年の間に、景気が減速、後退する可能性もゼロではない。リーマンショック後には、ベンチャー投資が大きく冷え込んだ。仮にそうした逆風が起きても、市民の理解を得て、ぶれずに取り組みを継続していくことが求められる。

いかに「外部の力」を活用出来るか、という点もポイントになりそうだ。財政や人材の制約を考えれば、市だけで全ての課題を解決することは難しい。県や国、大学や研究機関、VCや官民ファンドのような投資家や金融機関、大企業等を巻き込んで、厚みのあるエコシステムを作り上げていくことが理想だ。とりわけ、大企業との連携には期待したい。大企業はここ数年でオープンイノベーションへの取り組みを加速させ、ベンチャーや研究機関等との連携を増やしている。コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)と呼ばれる投資専門組織の設立や、有望なベンチャーを発掘するアクセラレータ・プログラムの実施等が盛んに行われている。「技術」や「ものづくり」に強みを持ち、世界で展開する大企業がいくつも存在するのが日本の強みでもある。そうした大企業と、つくば市のベンチャーや起業家、研究機関との接点が更に増えていけば、エコシステムも厚みを増していくだろう。

高いハードルながらも、成功すればその果実は大きい。世界で活躍出来るベンチャーの創出、研究開発型、テクノロジー系のベンチャー・エコシステムの発展は、日本にとっても「悲願」と言える。つくば市の挑戦はまだ緒に就いたばかりだが、これからの展開に注目だ。
 

4――おわりに

4――おわりに

ベンチャーの盛り上がりを一時のブームに終わらせないためにも、ベンチャー支援に注力する地方自治体にも長期的な視点が必要だ。首長の任期や選挙、市民の声もあり、ましてや人口減少のような難しい課題に直面している現状を考えると、短期的な成果を期待する向きもあるだろう。しかしながら、ベンチャー育成には時間がかかるものであり、継続していくことが重要だ。ぶれない姿勢で取り組む地方自治体が増えていくことを切に願っている。

また、「世界で活躍するベンチャー」を生み出すには、福岡市やつくば市のように、ある程度の人口規模や産業の集積、核となる大学や研究機関等、ある一定の「ヒト、モノ、カネ、情報」が集まることが望ましく、そうした条件をクリア出来る地方自治体ばかりではないのも事実だ。ただ、地域の活性化という意味では、必ずしも「世界で活躍するベンチャー」である必要はなく、地域に根ざした「スモールビジネス」の起業を支援するというやり方もある。取り組み方は1つではなく、その地域、地方自治体それぞれだろう。ただ、どんな起業であっても起業家にとっては大きな挑戦であり、失敗の恐怖と隣り合わせである。起業家の挑戦を後押しするような、起業家目線の支援策が増えて欲しい。

地方創生が叫ばれて久しい。ベンチャー支援、起業支援がその解決策の1つとなるのか、各地方自治体の取り組みに注目していきたい。
 
 

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中村 洋介

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(2019年01月31日「基礎研レポート」)

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