2018年12月04日

ブラジルの7-9月期GDPは前期比0.8%増~今後は新政権の政治手腕に注目

神戸 雄堂

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11月30日、ブラジル地理統計院(IBGE)は、2018年7-9月期のGDP統計を公表した。7-9月期の実質GDP成長率は前期比0.8%増(季節調整済系列)と、前期の同0.2%増から加速した。5月下旬に発生したトラック業界のストの影響は一巡したと見られる。

四半期GDPの概況

需要項目別に見ると、外需はGDP成長率を押下げたが、内需は、高い伸びを示した総固定資本形成が牽引役となり、成長率を大きく押上げた。4-6月期は5月下旬に発生したトラック業界のストの影響で民間消費を除く全項目で前期比マイナス成長であったが、7-9月期はストの影響が一巡し、全項目で前期比プラス成長となった。

ブラジルでは、5月下旬から約10日間にわたって、トラック業界団体が燃料価格の引下げを求めて大規模なストライキを実施した結果、物流に大きな支障が生じ、幅広い業界の生産や販売がストップした。ストによる悪影響は、5月の鉱工業生産、輸出、小売売上高の落ち込み、6月のインフレ率の上昇など多くの指標で見られたが、いずれも翌月には落ち着きを取り戻しており、予想通り影響は一時的なものとなった。
(図表1)【需要項目別】実質GDP成長率(季節調整済系列)の推移 GDPの約3分の2を占める民間消費は、前期比0.6%増と前期の同0.1%増から加速し、7四半期連続のプラス成長となった(図表1)。7-9月期はインフレ率が前期から上昇したものの、失業率の低下や実質賃金の上昇など労働市場が改善したため、消費を押上げたと見られる。

政府消費は、同0.3%増と前期の同0.4%減からプラス成長に転じた。

総固定資本形成は、同6.6%増と前期の同1.3%減から大きく伸びた。内訳については不明であるが、ストの影響で一時的に低下した投資マインドが改善し、企業の設備投資が伸びたためと見られる。

純輸出は、輸入の伸び(同10.2%)が輸出の伸び(同6.7%)を上回ったため、成長率寄与度は▲0.5%ポイント(前期:▲0.6%ポイント)と5四半期連続で成長率を押し下げた。米中貿易摩擦の影響で7月以降大豆など一次産品の輸出の増加が輸出総額を押上げた一方で、輸入は自動車輸入の増加や高額な石油・天然ガス開発向けプラットフォームの輸入が輸入総額を押上げた。
 
供給項目別に見ると、全項目でプラス成長となった。GDPの約6割を占める第三次産業が堅調で牽引役となった。ストの影響で4-6月期に前期比マイナス成長に陥った小売業や運輸・倉庫・郵便業がプラス成長に転じたことが寄与した。

先行きのポイント

新政権に対する国内外の期待は高まっており、ボルソナロ氏の政策運営次第では、ブラジル経済は力強さを取り戻すだろう。

10月の大統領選挙では、決選投票の末、PSL(ブラジル社会自由党)のボルソナロ氏が当選した。当初、同氏は「ブラジルのトランプ」と揶揄される過激な発言に加えて、所属するPSLが小規模政党であったことから泡沫候補の一人に過ぎないと見られていた。しかし、有力候補がいない中で、既存の政治体制への批判や治安改善、汚職撲滅を訴えることで、既存の政治体制に嫌気を感じていた国民からの支持を取り込んだ。

そして、足元では新政権に対する国内外の期待が高まっている。決選投票での得票率は約55%に留まったものの、11月の消費者景況感指数は2014年3月以来の高い水準を示すなど一般消費者の景況感は大きく改善している。市場も当初はボルソナロ氏に対して批判的な目を向けていたが、同氏がリベラル派のゲーデス氏を経済ブレインとして招いたほか、公約として国営企業の民営化や税制や年金の改革、省庁の削減などを掲げたことで市場の期待が高まった。その結果、急激なレアル安が進行していた為替相場が底打ちしたほか、足元のボベスパ指数(サンパウロ証券取引所における株価指数)は市場最高値を更新している。
(図表2)インフレ率と政策金利・為替レートの推移 また、足元の経済状況を見ると、GDP成長率は力強さを欠いているものの、ファンダメンタルズは好材料が揃っており、見通しは比較的明るい。インフレ率はレアル安の進行に伴い一時的に急上昇したが、為替相場が底打ちしたことで、現在はインフレ目標の中央値である4.5%前後に落ち着いている(図表2)。金融政策についても、中央銀行は政策金利の据え置きを継続し、依然として過去最低の6.5%となっている。今後も目標範囲内での適度なインフレが継続し、緩和的な金融政策が維持される1ため、適温経済が続くと予想される。
(図表3)2018年選挙前後における主要政党の議席数の変化 一方で、懸念材料として挙げられるのが年金改革の行方と中国との関係悪化である。前者については、ブラジルの政府部門の財政状況は主要新興国の中でも最悪の水準となっており、その主因が社会保障院2部門の赤字である。財政健全化に向けては、年金改革が急務であり、ボルソナロ氏も改革に意欲を示しているが、改革には憲法改正が必要であり、そのハードルは極めて高い。憲法改正には上院(議席数81)・下院(議席数513)ともに約5分の3の賛成 (上院:49議席、下院:308議席)が必要とされるが、10月の選挙結果を踏まえたPSLの獲得議席数はそれぞれ4、52と必要議席数には遠く及ばす、他党との協力が不可欠となっている(図表3)。従来からブラジルでは小党乱立が続いており、法案成立に向けた連立政権の形成にあたっては、協力の見返りとして汚職や法案の形骸化を招いてきた。したがって、汚職撲滅を掲げる新政権が実効的な改革案を成立させるのは極めて困難と見られる。2年連続のマイナス成長に陥った2015年・16年には、財政悪化に伴うレアル安がインフレ率の急騰を招いたが、年金改革が暗礁に乗り上げた場合、同様の景気後退が生じることも考えられる。

後者については、ブラジルでは中国企業による実質的な対内直接投資の割合が高いと見られているが、これに対してボルソナロ氏は懸念を表明しており、今後中国からの投資を制限することも考えられる。その場合、中国との関係は悪化し、中国からの投資が減少するほか、最大の輸出先である中国への輸出が減少し、景気を押下げるだろう。新政権における国内外に対する政治調整能力が今後のブラジル経済の行方を左右するだろう。
 
1 新政権は、現ブラジル中央銀行総裁ゴールドファイン氏の後任としてネト氏を指名した。同氏は総裁就任以前のゴールドファイン氏と同様、大手銀行でエコノミストを務めており、現行の金融政策のスタンスが大きく変わる可能性は低いと見られる。
2 社会保障院とは、年金基金の一種で、公的年金や私的年金を管理している。
 
 

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神戸 雄堂

研究・専門分野

(2018年12月04日「経済・金融フラッシュ」)

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