2018年11月29日

EC(欧州委員会)がソルベンシーIIレビューに関する協議を開始-EIOPAの助言をベースにドラフトを作成-

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1―はじめに

ソルベンシーIIに関しては、EIOPA(欧州保険年金監督局)が、欧州委員会(European Commission) からの要請を受けて、その見直しの検討を行った。EIOPAは、2017年10月30日に、「ソルベンシーII委任規則の特定項目のレビューに関する第1の助言セット」(以下、「第1の助言セット」という)をまとめて、欧州委員会に提出した。さらに、2018年2月28日には、「ソルベンシーII委任規則の特定項目のレビューに関する第2の助言セット」(以下、「第2の助言セット」という)をまとめて、欧州委員会に提出した。

これらの助言セットの概要及びそこに至るまでのCP(Consultation Paper:コンサルテーション・ペーパー)に対する意見等の動きについては、これまでのいくつかのレポートで報告してきた。

欧州委員会は、EIOPAからの助言セットの提出を受けて、ソルベンシーIIのレビューに関する検討を進めていたが、11月12日にソルベンシーIIに関する委任規則(Delegated Regulation (EU) 2015/35)を改正する案1(以下、「ソルベンシーII規則改正案」という)を協議にかけるために公表した。なお、「このドラフトについては、欧州委員会が採択したり、承認したりしたものではなく、欧州委員会の予備的見解を示したものであり、いかなる状況下においても、欧州委員会の公式ポジションを述べているものとしてみなされるべきでない。」としているが、以下において、このレポートでは、欧州委員会の案として説明している。

今回のレポートでは、このソルベンシーII規則改正案について、その具体的内容等を報告する。  

2―今回の欧州委員会によるソルベンシーII規則改正案の概要

2―今回の欧州委員会によるソルベンシーII規則改正案の概要

1|ソルベンシーIIのレビューの背景及びEIOPAによる検討
ソルベンシーIIのレビューは、ソルベンシーII指令の立法文書に従う正式なプロセスである。ソルベンシーII委任規則のリサイタル150は、ソルベンシー資本要件の標準式の見直しのためのタイムラインを定義している。レビューの第1段階は、2018年12月までに欧州委員会によって最終決定され、ソルベンシーIIの枠組みは2021年までに見直される予定となっている。

欧州委員会は、ソルベンシー資本要件を標準式で計算する際に使用される方法、前提及び標準パラメータを検討する意向を表明し、2016年7月に、EIOPAに対して、具体的にいくつかの項目に関する技術的助言2を提供するように依頼した。

これを受けて、「1.はじめに」において一部述べたように、EIOPAは以下の対応を行ってきている(それぞれの内容については、基礎研レポートで報告)。

・2016年12月に「ソルベンシーII委任規則の特定項目のレビューに関するディスカッション・ペーパー(DP)」を公表

・2017年7月4日に「ソルベンシーII委任規則の特定項目に関する欧州委員会へのEIOPAの第1の助言セットに関するコンサルテーション・ペーパー(CP)」を公表3

・2017年10月30日に、「ソルベンシーII委任規則の特定項目のレビューに関する第1の助言セット」(以下、「第1の助言セット」という)をまとめて、欧州委員会に提出4

・2017年11月6日に、「ソルベンシーII委任規則の特定項目に関する欧州委員会へのEIOPAの第2の助言セットに関するコンサルテーション・ペーパー」を公表し、ステークホルダーからのフィードバックを徴求5

・2018年2月28日には、「ソルベンシーII委任規則の特定項目のレビューに関する第2の助言セット」をまとめて、欧州委員会に提出6
 
2 REQUEST TO EIOPA FOR TECHNICAL ADVICE ON THE REVIEW OF SPECIFIC ITEMS IN THE SOLVENCY II DELEGATED REGULATION (Regulation (EU) 2015/35)
http://ec.europa.eu/finance/insurance/docs/news/call-for-advice-to-eiopa_en.pdf#search='Ref.Ares%282016%293573955'
3EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第1の助言セットについてのCPを公表(1)-欧州委員会に対する助言内容-」(2017.8.21)及び「EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第1の助言セットについてのCPを公表(2)-政策オプションの影響評価-」(2017.8.22)
4EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第1の助言セットを欧州委員会に提出」(2017.11.7)
5EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットについてのCPを公表(1)-欧州委員会に対する助言内容-」(2017.12.12)、「EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットについてのCPを公表(2)-欧州委員会に対する助言内容-」(2017.12.18)、「EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットについてのCPを公表(3)-欧州委員会に対する助言内容-」(2017.12.25)
6EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットを欧州委員会に提出(1)」(2018.3.26)、「EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットを欧州委員会に提出(2)」(2018.3.28)、「EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットを欧州委員会に提出(3)」(2018.4.2)、「EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットを欧州委員会に提出(4)」(2018.4.5)、「EIOPAがソルベンシーIIレビューに関する第2の助言セットを欧州委員会に提出(5)」(2018.4.9)
2|EIOPAの助言セットの提出を受けての欧州委員会での検討等の動き
ここでは、公表された「ソルベンシーII規則改正案」に関する文書の中の「2.法の採択前の協議」における記述に基づいて、EIOPAの助言セットの提出を受けての欧州委員会での検討の動きを報告する。

欧州委員会は、EIOPAの助言セットの提出を受けて、2018年3月27日、ソルベンシーII委任規則の見直しに関する丸一日の公聴会を開催した。議論は4つのパネルで組織され、現在の改正規則でカバーされている全ての分野を網羅していた。スピーカーには、保険業界及びその資産管理者、監督当局、消費者団体、欧州議会の専門家が含まれていた。

EIOPAの助言は一般的に歓迎されたが、業界からのスピーカーは、マイナス金利の可能性を反映するための金利リスクの資本要件の強化に関するEIOPAの自らのイニシアティブによる助言について、その資本要件に与えるこの提案の重要な影響とそのシクリカリティのために、懸念を表明した7。実際に、EIOPAはこの提案がEU全体での資本要件における200億ユーロの増加をもたらし、ソルベンシー比率の14%ポイント、ある国では75%ポイントまでの低下を導くと推定している。

いくつかの利害関係者は、繰延税金の損失吸収能力の計算に関するより調和したガイダンスを提供するためのEIOPA自身のイニシアティブによる助言についても批判的であり、多様性は異なる国別税制によって正当化される可能性があると主張している。

標準式による計算のさらなる簡素化のためにEIOPAの提案に関しては、利害関係者は、比例原則の効果的な適用は、ソルベンシーII条項の国家監督当局の実施に大きく依存していることを強調した。最後に、EIOPAの非上場株式及び未格付債務の改善された取扱に対する提案が積極的に歓迎された一方、一部の利害関係者は、株式の長期投資を刺激するより野心的な行動を検討することを提案した。

なお、欧州議会とEIOPAをオブザーバーとし、加盟国からの専門家を集めた銀行・支払・保険(保険組合)に関する専門家グループは、2017年6月29日、2018年5月29日、2018年9月20日の会議で協議を行った。メンバーは一般的に欧州委員会によって取られたアプローチを歓迎した。いくつかの加盟国は、EIOPAが提案した優遇措置の恩恵を受ける可能性のある未格付債務及び非上場株式に関する5%の限度がないことに疑問を呈したが、CMU(capital markets union:資本市場組合)の目的に照らしてこの選択を歓迎した。最終的に、一部の加盟国は株式投資の健全な取扱に関するさらなる措置を求め、1つの加盟国はボラティリティ調整に関する行動を求めた。

これに応えて、欧州委員会はEIOPAに、長期投資家としての保険会社の行動に関する情報を提供するよう呼びかけた。なお、ボラティリティ調整は、その他の長期保証措置と同様に、指令の第77f条で予見される2020年の指令の見直しの対象となる。

今後のレビューの一般的な内容についても、2018年5月16日のECON委員会(欧州議会経済金融委員会)の精査セッションでの欧州議会で議論された。欧州委員会は、EIOPAの助言の殆どに従う意向を概説したが、ステークホルダーのフィードバックと、資本要件、特に長期的な活動に関しては、金利リスクの較正の改訂は、より包括的アプローチが採択されるソルベンシーII指令2020の見直しの文脈においてより適切に検討されるであろう、と示唆した。

精査の後、ECON委員会は、2018年9月18日に、このレビューの内容とソルベンシーIIの枠組み一般に関する提案とともに、レターを欧州委員会に送った。レターは、法的文言の最終決定において、欧州委員会によって慎重に評価され、申請日は、損害保険料リスクに対する資本要件の増加に備えるために、保険会社と再保険会社が信用補完部門においてのみ有効になることを認めるような方式で設定された。欧州委員会は、2020年のソルベンシーII指令の見直しの準備において、特にレターに提出された他の提案を調査する。

なお、本規則によって改正された軽微な草案及び誤植のリストは、EIOPAによって国家監督当局と協力して収集された。
 
7 次の「(参考)Insurance EuropeによるInsight briefing」参照
(参考)Insurance EuropeによるInsight briefing
欧州の保険業界団体であるInsurance Europeは、先に述べた欧州委員会によるソルベンシーII委任規則の見直しに関する公聴会に合わせて、そのヒアリングの前に、2018年3月27日付でInsight briefingを公表8している。

その中で、今回のソルベンシーIIの見直しに関して、(1)現在変更すべきもの、(2)変更すべきでないもの、(3)後ほど変更が必要なもの、に分けて、それぞれ以下の項目を挙げている9

(1)現在変更すべきもの-リスクマージンと長期株式較正
欧州委員会は、健全なプルデンシャルな正当性を有し、ユンケル委員会の欧州の成長と投資の野望を支持する2018年の見直しの一環として、具体的な措置を講じる必要がある:
・現在の過剰なリスクマージンが、保険会社の長期的な商品と長期的な投資能力に与える影響を認識して、リスクマージンにおける資本コストを削減する。
・非上場株式のみならず、株式への長期投資の資本要件を削減する。 これらは現実のリスクと比較して現在過剰であり、投資を増やすことへの阻害要因になっている。

(2)変更すべきでないもの-金利リスクとLAC DT
EIOPAの金利リスクへの変更提案と繰延税金の損失吸収能力(LAC DT)は、ユンケル委員会の成長目標と矛盾しているため、これを先取りすべきではない。
・金利リスクの較正に対しての変更はすべきでない。 変更は、保険契約者の保護を確実にするために必要になく、長期契約に対する障壁が増える。金利は、評価方法論に関するより広範かつ根本的な問題に直接関係しており、2020年のレビューで扱われるべきである。
・繰延税金の損失吸収能力に、任意の限度を課すべきではない。 ソルベンシーIIは、既にLAC DTの使用をサポートするための高い証拠の基準を要求している。

(3)後ほど変更が必要なもの
ソルベンシーIIが保険契約と投資の長期的な性質を正しく反映できるようにするため、2020年の全面的な見直しは全体的な見直しが必要となる。2020年の見直しでは、リスクマージンの設計が優先されるべきである。また、金利リスクの較正は、負債及び金利の評価に関連するより広い問題に対処する2020年に見直されるべきである。

さらに、最後に、全体的な意見として、以下のように述べている。

ソルベンシーIIの特定の要素は、保険会社が常に資産と負債を全て取引するという誤った仮定に基づいているため、調整が必要となる。これは、間違ったリスクが測定されていることを意味し、過度の資本要件と人為的なボラティリティにつながる。これは、欧州委員会が設定した「持続可能な財務に関するハイレベル専門家グループ」の報告書10で強調された。現実には、保険会社は長期的な投資が可能であり、投資家とは異なり、悪い時にポートフォリオ全体を売ることはほとんどない。

消費者に対して間違った措置を講じることで、保険料が高くなり、利益が低くなり、選択肢が少なくなる。それは、保険会社が経済成長をサポートする能力を制限するため、経済にとって重要である。

3|今回の欧州委員会によるソルベンシーII規則改正案のポイント
今回の欧州委員会によるソルベンシーII規則改正案は、EIOPAによる技術的助言を踏まえて、上記で述べたようなプロセスにより、欧州委員会において検討されてきた結果である。

その内容については、基本的には、EIOPAから提出された技術的助言セットに準じる形での提案がなされている。

特に、EIOPAが提案した各種の新たな簡素化や比例原則に基づく取扱や新たな証拠が出現した場合のリスクの較正の調整等を認めている。

なお、保険業界が、EIOPAに対して、強く要請を行っていたが、EIOPAの助言には組み込まれなかった項目、例えば、リスクマージンの計算、特に資本コストの算出における6%の資本コスト率の引き下げについては、今回のソルベンシーII規則改正案には反映されていない。保険業界は、EIOPAによる助言セットの提出後も欧州委員会にロビー活動を行ってきたが、結果は得られなかった。

一方で、EIOPAが提言した助言の中でも、マイナス金利の状況を反映するために提案された金利リスクの計算の改革については、欧州委員会は採用していない。これについても、保険業界が強く反対してきた項目であり、これについては保険業界の意向が反映された形になっている。

また、繰延税金の損失吸収能力(LAC DT)については、これが保険及び再保険会社のソルベンシー・ポジションに重要な影響を及ぼすことから、EIOPAが提案したLAC DTの計算のための一連の共通原則も踏まえて、保険又は再保険会社の管理、経営、監督機関(AMSB)は、これらの繰延税金の損失吸収能力を考慮した繰延税金に関連するリスク管理方針を採用すべきであり、特に、その方針は、将来の課税対象利益の予測に適用される基礎となる仮定を評価する責任を定めるべきである、とした。

今回の変更は、ソルベンシーIIへの遵守に伴う複雑さとコストを軽減するための、特に小規模の保険会社にとっての、いくつかの方法を提供している。その他の変更は、地域政府及び地方自治体債務、非上場株式及び未格付債務など、特定の資産クラスへの投資プロセスを容易にするために行われる。
4|今後のスケジュール
今回のCPに対する協議期間は4週間で、12月7日まで行われる。

フィードバックは、このイニシアティブを最終化するために考慮される。

欧州委員会は協議期間に続いて、法を採択し、欧州議会(European Parliament)と欧州理事会(European Council)が2ヶ月以内に反対しなければ、委任法は効力を生じることになる。
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中村 亮一

研究・専門分野

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