2018年11月12日

Brexitに向けての保険会社及びLloyd’sの対応-欧州拠点移転等の状況はどうなっているのか-

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1―はじめに

Brexit(英国のEU離脱)を巡る動向については、引き続き不透明な状況にあり、このままいけば、Hard Brexitの可能性がかなり高まり、No deal (合意なし)Brexitの可能性も否定できない状況になってきている。

こうした状況下でも、英国の各監督当局は、Brexitに備えた対応を着実に進めていくことが求められており、これについては基礎研レポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)(以下、「前回のレポート」という)で報告した。

一方で、英国の保険会社及び英国にEU(欧州連合)の管理拠点を置いているEU以外の各国の保険会社(以下、「英国等の保険会社」という)も、パスポート権を失うことに備えて、所要の対応を実施ないしは検討してきている。以前に、Brexitが英国の保険会社に与える影響については、保険年金フォーカス「英国のEU離脱(Brexit)は英国の保険会社にどのような影響を与えるのか-財務面・監督規制への影響を中心に-」(2016.6.29)で報告し、さらに、Brexitを踏まえた保険会社の拠点移転等を巡る動きについては、基礎研レポート「Brexitを踏まえた保険会社の拠点移転等を巡る動きについて-英国のパスポート権の喪失を見据えた保険会社及び監督当局の対応-」(2017.5.22)(以下、これら2つのレポートを「以前のレポート」という)で報告したが、それから1年半以上が経過している。
 

2―Brexitに伴い、英国等の保険会社が置かれる状況と求められる対応

今回のレポートでは、Brexitを残り4か月余りで迎える中での、英国等の保険会社及びLloyd’sの対応についての直近の状況を報告する。
 

2―Brexitに伴い、英国等の保険会社が置かれる状況と求められる対応

Brexitに伴い、パスポート権を喪失することになり、現在英国にEUの管理拠点を置いている英国等の保険会社は、大きくは、今後の新契約の獲得及び既契約へのサービスの提供という2つの点での対応が求められてくることになる。

1|パスポート権の喪失
以前のレポートで報告したように、EUにおける保険事業の展開という意味においては、パスポート権の喪失が最も大きな問題となる。

「パスポート権(passporting rights)」とは、EU加盟国における保険会社が、各個別の国のライセンスを取得しなくても、ブロック全体で、業務を実施し、サービスを提供することができる権利のことをいう。英国がEUを離脱すると、英国の保険会社は、パスポート権を失うことになり、EUで事業を行うためには、英国以外のEU加盟国に子会社を設立することが求められることになる。

この影響は、特にこれを広範囲に使用しているLloyd'sや損害保険会社にとって大きなものとなることが想定されている。パスポート権の喪失は、保険会社が、ビジネス拠点の再構築を余儀なくされることにつながる。新たな保険会社の設立と業務の移転に伴う一時的な費用だけでなく、こうした会社の継続的な運営経費も追加負担として加わってくることになる。

ただし、英国の保険会社が置かれている状況は、各社各様である。

さらには、この問題は、英国の保険会社に限定される話ではない。現在、米国や日本を含むアジアの保険会社は、英国に欧州本部を置いているケースや、英国を大陸欧州へのゲートウェイとして位置付けているケースが多い。この場合、これらの会社も本部を英国以外のEU加盟国に移転することを検討する必要がでてくることになる。

2|国境を越えた(Cross-border)既存の保険契約への対応
EUの拠点を英国以外のEU加盟国に移転した場合でも、それまでに獲得した既契約の取扱いが問題となってくる。前回のレポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)において報告したように、英国の監督当局は、No dealに備えて、現在英国にパスポート権で事業展開しているEEA(欧州経済地域)の保険会社のサービスにアクセスする英国ベースの顧客への対応の観点から、「暫定的許可制度」を設定して、これらの会社がBrexit後3年間まで、英国の顧客にこれらのサービスを提供し続けることを可能にする、としている。これにより、これらの会社が英国での営業を継続するための認可申請を行う時間を確保させている。これらの会社が現在提供しているサービスの全範囲をカバーする承認を受けた場合、以前と同じように英国においてサービスを提供し続けることができることになる。

これに対して、EEAに現在パスポート権で営業展開している英国等の保険会社のEEA顧客に対しては、EUの保険監督当局等は現段階において何らの措置も行っていないため、このままの状態では、英国等の保険会社はたとえ本部を英国以外のEUの加盟国に移転したとしても、それだけではEEAの既契約の保険契約者等に対するサービス(保険事故発生時の保険金支払い等)が行えなくなる可能性があることになる。

これに対して、英国の保険業界等は、EUの保険監督当局等に対して、英国と同様の所要の対応を行うことを要求してきているが、いまだEUからの具体的な行動が見られていない状況にある。

こうした中で、英国の保険会社は、2000年の金融サービス市場法第7部に規定されている保険契約移転スキームである「Part VIIの移転」の申請を行ってきている。

「Part VIIの移転」は、単一の市場、パスポート権、移行期間又は同等性評価を持たない「Hard Brexit」の場合に、EU顧客を有する英国の保険会社が契約を継続するための手段として使用されることになる。

(参考)Part VIIの移転
「Part VIIの移転」は、通常、合併又は買収の一部として、あるいは非効率性を排除するプログラムの一環として、保険会社が事業の再編を行うために使用される。ソルベンシーIIの下では別個のグループ会社の統合により、分散効果が考慮されること等により、ソルベンシー資本要件とリスクマージンを削減することが可能になり、資本効率が高くなる傾向がある。そのため、ソルベンシーIIの下での資本を最適化したいという要望から、「Part VIIの移転」が再編の大きなドライバーとして使用されてきた。

ただし、「Part VIIの移転」を行うためには、規制当局(PRAと金融行動規制機構(FCA))による審査や裁判所の認可などが要求されるため、これらを遂行するために保険会社には相当量のリソースが必要になってくる。移転のスキームを開発し、裁判所の文書を作成し、保険契約者への連絡を整理し、保険会社のアクチュアリーがスキームを報告し、独立した専門家が同様のチェックを行うため、必要とされる時間は、簡単な移転の場合でも、12ヶ月から15ヶ月が最も典型的である、と言われている。さらに、生命保険契約の移転は、一般的には損害保険よりも時間がかかる傾向がある、と言われている。

加えて、規制当局や裁判所がPart VIIの申請を審査するための法定のタイムスケールはないため、Brexitの期限までに完了させるためには、保険会社は早期の申請等が求められていた。

一方で、保険会社の観点からは、Brexitの内容の明確化、特に移行期間又は何らかのグランドファザーリングの取扱の可能性について期待していたという要素もあり、なかなか再編計画の実施に踏み切れなかった事情も見られていたようである。

監督当局は、以前から、EEAベースの保険会社への移転は、Hard Brexitの場合に契約上の確実性を保証する唯一の手段であるため、 Brexitへの立ち上げ時にPart VIIの申請が急増することを予期していた。
 

3―英国等の保険会社の欧州拠点の移転等の対応状況

3―英国等の保険会社の欧州拠点の移転等の対応状況

英国等の保険会社の欧州拠点の移転等への対応状況は、以下の通りである。

1|英国等の保険会社に求められる対応
英国とEUの間の将来の取引協定の不確実性を考慮して、多くの保険会社は、Hard Brexitのためのコンティンジェンシー(緊急時対応)として、欧州大陸に拠点を設けることに決めてきている。いくつかの会社は新しいオフィスを設立しているが、他の会社は地元の支店を単に子会社に転換したりしている。

これらの対応により、2019年3月以降あるいは正式に合意された移行期間の後に、これらの子会社がEUにおいて保険契約を確実に引き受けることができることになる。

2|英国等の保険会社の欧州拠点の移転を巡る状況
格付会社のAM Bestは、8月に公表した報告書「保険会社は明瞭性の欠如の中でBrexit 計画を強化する(Insurers Step up Brexit Plans in Absence of Clarity)」1において、英国等の保険会社のBrexitへの対応としての欧州拠点の移転を巡る状況について報告している。

この報告書によれば、まずは、「本拠地の選択は、顧客との近接性、才能を引き出す能力、ローカルの税制を含む個々の保険会社の具体的な検討に基づいている」としている。さらには、「各国の規制当局のアプローチ、専門知識、アクセシビリティ等が重要だ。」としている。ただし、「主要な要素は、その場所に支店などの既存のオペレーションが存在するかどうかであった。」としている。

これに関連して、英国以外のEU各国の観点からは、「BrexitはEU加盟国が英国からのビジネス、特に金融サービスを獲得する際に互いに競争する機会」になっていると言われてきた。規制面での懸念から、単一市場を完全に調和した体制と見るのではなく、会社を個々の国に誘導する政治的圧力が特定の規制当局に及ぼされている可能性がある、とも言われてきた。

具体的には、英国等の保険会社がEUの子会社を設立することができる範囲を熟考する際に、実質的に英国の保険会社に再保険することを通じて、スタッフと意思決定者を殆ど必要としない、一般的に「真鍮のプラーク(brass plaque)」又は「レターボックス(letter box)」と呼ばれている会社、で対応することが好まれていた、と言われていた。

これは、EUにおける契約を100%既存の英国の会社に再保険することで、EU子会社を形式的なものとすることで、EU子会社の負担をできる限り軽減させることを意図している。

こうした動きに対して、EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2017年7月11日に「英国からの移転に対する監督アプローチに関する原則(Principles on Supervisory Approach to the Relocations from the United Kingdom)」を公表2しているが、その中で、「EU子会社は引き受けたリスクの少なくとも10%を保有する必要がある」旨の意見を述べている。EUの各国規制当局は、この意見に応じて「遵守又は説明する」ことが求められることになる。

ただし、この意見の位置付け等についての解釈は、監督当局等によって統一されておらず、例えば、英国保険会社協会(ABI)等は、これはあくまでも指標で、個々の監督当局に柔軟性があることを示唆している、と解釈しているようである。

一方で、ドイツの保険監督当局であるBaFinは、EIOPAの見解に従って、「EU子会社はリスクの10%を自社で保持しなければならない」とのルールを定めている。Brexitに関するQ&A3の中で、BaFinは、「ソルベンシーIIの要件は、第三国に拠点を置く親会社との再保険によって完全に満たされることができるのか?」との質問に対して、次のように答えている。

「原則として、BaFinは、EU外の登録拠点との別のグループ保険会社に対する実質的な再保険に反対しない。ただし、再保険提案は、特に管理面のリスクを考えると監督上の精査にかかる。しかし、監督当局は、ドイツの保険会社によって引き受けられたリスクの100%再保険が問題であるという見解を示している。したがって、原則として、ドイツの保険会社は、保険契約の有意な保持(原則として10%)を行うべきである。しかし、ここでも、詳細は可能な監督認可プロセスで明らかにする必要がある。」

また、アイルランドの保険監督当局であるアイルランド中央銀行(CBI)は、この問題に関して、「我々のキーは、アイルランドに設立された企業は実体のビジネスであることを保証していることである。実体を見ながら、ガバナンス、アウトソーシングや様々な問題と並んで、再保険が検討されている。」と述べた。さらに、CBIは、アイルランドにおける拠点が「実質的なプレゼンス」を有することを要求し、「EU子会社自体で決断を下さずに、ダブリンに真鍮のプラークを置くことはできない。」ということを明らかにしている。
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中村 亮一

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