2018年11月05日

英国におけるソルベンシーII規制を巡る最近の動向-PRA(健全性規制機構)による各種対応-

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2.リバランス
マッチングの適切なレベルを維持するために、いくつかのシナリオでMAポートフォリオのバランスを取る必要がある。会社は、提案されたリバランス戦略が仮定された状況において信用できることを正当化する。慎重な健全性の観点からは、会社がバランスをとることができる性質及び程度について、過度に楽観的な前提を用いる結果として、会社のSCRを控えめにすると、重大な懸念が生じる。この懸念は、SS8 / 18に定められた数多くの期待に反するものである。

3.妥当性検証
MAと同様に複雑なバランスシート項目については、結果として得られるストレス較正が異なるレンズを通して考慮され、重要なモデリングの前提条件が適切な精査の対象となることを確実にすることが適切である。そのために、会社が、主な較正及び方法論で使用しているものとは異なる技術を使用して、前提/出力を検証するように奨励した。PRAはまた、そのような検証がストレス下におけるMAの較正の異なる段階を通して行われることを示唆している。SS8 / 18の目的は、会社がMAの並列モデルを維持して実行することではなく、代わりに、使用された結果の較正が過去の経験及びデータならびに現在及び将来の見通しの判断に対して正当化されることを確実にすることを目指している。

最後に、会社が幅広い範囲の資産に投資する傾向が継続していることに注目している。その多くは、本質的にオーダーメイドで流動的であるため、内部モデルがこれらの資産がもたらすリスクを適切に反映することを確実にするためのさらなる課題を形作ることになる。SS8 / 18の焦点は外部格付けの社債であるが、多くの期待は幅広く適用されるため、より多様な資産ポートフォリオに関連付けられるべきである。PRAは、適切な場合には、他の資産クラスに関するさらなる期待を追及するつもりである、としている。

(3)内部モデルにおける長寿リスクのモデリング
殆どの会社は、国民死亡率の改善が鈍化しているという最近の経験を反映するために、長寿の最良推定前提を調整し始めている。一般的に、取り組まれているアプローチは、死亡率改善低下の原因と時間の不確実性を反映して、慎重になっている。さらに、多くの会社が、より高い社会経済的グループに対するより早い死亡率改善の証拠を明白に考慮してきている。

最良推定前提における死亡率の改善が鈍化するという証拠に重点が置かれるにつれて、内部モデルの長寿リスク較正が、最良推定前提がより高いレベルの改善に戻る可能性を適切に反映するかどうかを会社が検討することを推奨する。

保険監督のエグゼクティブ・ディレクターのDavid Rule氏は、2017年の演説で、最近の長寿経験に照らして定量的な指標にいくつかの変更を加えるべきだと結論付けた。これらの指標は、保険会社のモデルがソルベンシーIIのテスト及び基準を満たしているかどうかについてのPRAの見解の1つのインプットとして使用されており、モデル認可の一部として、PRAが定量分析をどのように使用するかのさらなるガイダンスはSS17 / 1624に規定されている。
(4)内部モデルの依存関係のモデリング
内部モデル会社は、相関行列(データ分析と専門家の判断を組み合わせて導出)が半正定値(positive semidefinite:PSD)行列25であることを保証するために、様々なアルゴリズムや手法を使用していることがわかった、としている。

これらのPSDアルゴリズム又はアプローチは、行列が内部的に一貫していることを確認するためにペアワイズ相関を変更する。それらのうちのいくつかは、SCR及び/又は結果としてのリスクマージンに不適切な影響を与える可能性のある重要な相関ペアを大幅に変更する可能性がある。

PRAは、会社がPSDのアルゴリズムやアプローチが最も重要な相関関係に重大な変化をもたらさないようにするプロセスを確立し、モデル検証に組み込むべきであることを奨励している。PRAが観察した良いプラクティスの例には、会社の専門家による判断の適用、重要度による相関を反映する「重み」付きのアルゴリズムの実施、又は相関の動きに対する許容誤差の設定が含まれる、としている。
 
25 対称行列及びエルミート行列Mが「半正定値 (positive-semidefinite) 」であるとは、任意の非零ベクトル z に対して2次形式 z Mz ≥ 0 が成り立つときに言う。あるいはこれは、Mの固有値が全て非負であると言い換えることができる。
(5)内部モデルの文書化
良質の文書化は、関係者全員にとっての利益であり、特に、PRAと会社の双方にとって不必要な作業を引き起こす誤解のリスクを軽減する。

効果的な内容の看板を付ける明確なエグゼクティブサマリーで、読者は主なポイントを理解し、証拠を十分に見つけることができる。カバーされているトピックが内部モデルの他の要素とどのように関連しているかを明確に示している場合、レビューはより効果的である。

会社が、社内モデルの文書化が明確かつ簡潔に示されるようにすることを推奨する。

・提案された方法論の簡潔な要約
・較正の詳細
・データの使用を含む方法論及び較正の形成においてなされた主要な判断
・重要な判断に対する代替案の検討
・資本への影響を含む較正の結果
・重要な判断の感応度分析を含む方法論、較正及び結果の検証
・提案の限界と弱点
・リスクの再較正が要求される基準と状況

文書化がモデルの変更に関係する場合、PRAの見解は、会社が変更の論理的根拠を明らかにするのがよいプラクティスであるということである。

この機会を利用して、「PRAソルベンシーII保険ディレクターズ・アップデート:2015年2月12日」26に記載されているように、以下の内容を含む、モデリング作業における主要な判断の良質な文書化の重要性を会社に喚起させる、としている。

・重要な判断が特定されることを確実にする仕組みがある。
・重要な判断に対する意思決定と承認が適切なレベルで行われるようにするプロセスがある。
・重要な判断に対する課題は、文書内に適切に取り込まれる。
・文書化のレベルと判断の妥当性は、決定の重要性に比例する。
・専門家の判断の定義は、重要な個別のパラメータを特定するだけでなく、次のものを組み込むことができるという点で、適切に幅広い。
・会社がどのように特定の問題を定量化するかに関する基本的な方法論決定
・広範囲の他の決定/判断に影響するプロセスの設計又は暗黙の前提

最後に、会社が文書を読者がより使いやすくするために役立つこととして、次のことを提案している。

・グラフやその他の図的証拠の使用は有用であるかもしれないが、それらが使用される場所では、なぜ関連性があるのか、どのような推論が引き出されているのか、そしてなぜそれが適切であるのかについて説明する必要がある。
・提示された結果は、それらの結果から引き出されるべき結論とともに明確に説明されるべきである。
・会社は、文書に記載されている様々な情報源を明確に説明したりコメントしたり、内部モデルでその情報をどのように使用するかを明確にすべきである。

以上を踏まえて、PRAは、チーフ・アクチュアリーが上記のことを念頭において会社の文書化と提出物を審査することを推奨する、としている。
(6)技術的準備金の計算のための契約の境界/予測期間
ソルベンシーIIの技術的準備金の継続的な見直しの一環として、PRAは、一部の会社が将来のキャッシュ・フローを予測するアプローチと、EIOPAから正しいアプローチとして公表された意見との間に矛盾があることを認識した。PRAは、ソルベンシーII委任規則(委任規則)第18条の解釈及び特定の保険契約の中で一方的な権利が存在して契約を終了させることができるため、この不一致が生じたと理解した。一部の会社は、実際に契約を終了するかどうかにかかわらず、「短期」の予測期間(契約を終了する権利前の通知期間に対するキャッシュ・フローのみを予測する)を適用していた。

2017年12月7日の英国保険会社協会(ABI)のユニット・リンク・フォーラムで述べたように、PRAは、会社が解約オプションを行使する明確な意思を示し、「将来の経営行動」に関する委任規則第23条の要件が満たされている場合を除いて、既に支払われた期間に関連する義務に対する短期のキャッシュ・フローの予測期間を導く委任規則第18条の解釈を適用することは不適切であると考えている。

しかし、PRAは、ソルベンシーIIが、保険及び再保険義務の根底にあるリスクの性質、規模及び複雑さに比例する技術的準備金を計算する方法を会社に使用させることを認めている。このように、PRAは、委任規制第56条の要件が満たされていることを条件に、短期間のキャッシュ・フロー予測期間の使用は許容可能な簡素化である、と考えている、としている。

第56条の要件が満たされているかどうかの評価は、各会社が行うことであり、チーフ・アクチュアリーは、比例した方法論の採用によって導入されたエラーを(定量的及び定性的に)評価する必要があることを覚えておくべきである、としている。
(7)ORSAのストレステストへのアプローチ
2017年に、PRAは大規模生命保険会社のサンプルのORSA(リスクとソルベンシーの自己評価)に記載されているストレステストとリバースストレステストへのアプローチをレビューした。

(7-1)ストレステスト
大部分の会社は、主なリスク・タイプ(例:株式市場の下落、死亡ショック)に適したシナリオ及び感応度の適切な範囲で、ストレステストに合理的なアプローチを行っていた。

ストレスの重大度の範囲が、シナリオにおける会社によって調査された。PRAは、会社が、自ら使用した範囲が最大の重大度を定義していることに満足してはならないと考えている。さらに重大なシナリオが発生する可能性はまだある。

少なくとも1つの会社が「ウォークスルー(walk-through)」シナリオを含んでいた。ウォークスルーのシナリオは、会社が尤度(可能性)を定量化しようとせず、代わりに起こり得る一連の事象について定性的に話し合うケースである。仮定された条件が不利益な場合、この種のシナリオは、その確率と効果が現在容易に定量化できない場合であっても、一連の事象と可能な緩和アクションの探索に役立つと考える。

(7-2)リバースストレステスト
会社は一般的に、(流動性の枯渇、ブランドの評判価値の崩壊、株主支援の欠如、規制当局の承認の取り下げなど)他の可能性とともに資本の枯渇を検討しているより良い会社が、失敗の明確な定義を有していた。

ビジネスモデルが失敗することで、何が起きるのかをじっくり考える上で、オープンマインドであることが重要である。会社は、そのような分析を通じて得られたシナリオが、殆ど起こりそうもないものとみなされる環境の組み合わせであると考え、したがって却下される可能性があるということに、あまりにも容易に満足すべきではない。

PRAは、一般的に十分にカバーされていなかったと考えられる2つのリバースストレステストシナリオに注目した。

1.会社の戦略はいくつかの点で非常に成功しており、これは恐らく未知の分野でのエクスポジャーとリスクの危険な蓄積につながる。

2.会社は、非流動資産にマーク・ツー・モデルを使用しており、その価値は著しく誇張されていることが分かる。

(7-3)経営行動
殆どの会社は、可能な経営行動の合理的な見解を有していたが、そのような行動の使用を計画することはかなり高水準に見えた。ストレスがかかる状況で、そのような行動が期待される効果をもたらすとの確信を高めるために、会社が提案された経営行動をより詳細に熟慮することを推奨する。SS4 / 1827に記載されているように、PRAは、経営行動が現実的で信頼できるものであり、規制当局の期待に合致し、達成可能であることを期待している、としている。
(8)ソルベンシー及び財務状況報告書(SFCR
2017年10月、PRAは、保険会社、投資家、アナリストとともに、9月に開催された3回の円卓会議の後、2017年にEUの保険会社が発行した第1回目のSFCRについて議論した記録を公表28した。特に、PRAは投資家やアナリストから、 いかにしてSFCRの開示を改善することができるのかについての考え方を収集した。これらの議論からのフィードバックは、開示の増加のための2つの主要な領域を示唆した。

・最も重要な優先事項は、市場及びその他の重要な変数の変化に対するSCRのカバレッジレシオの感応度の開示と、これらの感応度の保険会社間での一貫性のある開示であった。

・アナリストと投資家はまた、SCRカバレッジの動きのドライバーについて、より詳細で一貫した開示を求めていた。これには、2017年のDavid Rule氏のスピーチで述べたように、資本の発生源の内訳、リスク前提の変更、モデリング手法の変更などが含まれる。
(9今後の活動
最後に、PRAが着手しているいくつかのイニシアチブについて喚起しておくとして、以下の3点を挙げている。

・PRAは、内部モデルの承認又は既存の内部モデルの変更のための会社の申請の一部として、プロキシモデルを評価するための内部指針のレビューを実施している。このプロセスの一環として、PRAは、会社がプロキシモデリングへのアプローチを高いレベルで把握しようとする会社への調査を実施している。

・PRAは、今月初めに、実効値テストの目的のための非負持分保証の評価と技術的準備金に関する移行措置の適用可能性に関するPRAの期待に関する追加的な明快さを提供することによって、現在設定されている4つの重要な原則に基づいて構築されているSS3 / 17の更新についての協議を公表した。

・PRAは、他の流動性の低い資産のモデル化、特に会社の内部モデル内でのこれらの資産及びこれらに関連するマッチング調整の取扱についての見解をさらに発展させている。
 

5―まとめ

5―まとめ

ここまで、今回のレポートでは、英国におけるPRAによるソルベンシーII規制を巡る各種の動きの中から、トピカルなテーマについて、それらの内容を報告してきた。

|PRAの各種声明の持つ意味合い
PRAは、ソルベンシーII規制の実際の適用に伴う各種課題の明確化等に向けて、これまでもEU加盟国の中で最も前向きに取り組んできていたが、2018年に入ってからは、Brexitも見据えた上で、所要の対応等の検討にさらに積極的に取り組んできている。

今回報告した、マッチング調整やボラティリティ調整に関係する各種の課題や内部モデルにおける長寿リスクや依存関係のモデリング及び文書化等の課題は、必ずしも英国だけが抱えるものではなくて、EU加盟各国がその程度の差こそあれ、抱えている課題であるともいえる。その意味で、PRAが自国の保険市場や保険会社の状況等を踏まえて、適時発行してきている各種の声明等は、他のEU加盟国にとっても1つの示唆を与えるものとなってきたものと思われる。

そうした中で、特に、DVA(動的ボラティリティ調整)のモデリングやSFCR(ソルベンシー及び財務状況報告書)の外部監査要件に関する声明は、これまでもEU加盟国の中でも対応が分かれてきたことから、1つの方向性を示したものとなることも想定されることになる。

|EUにおけるソルベンシーII改革の検討
ソルベンシーIIが抱えている課題の中では、リスクマージンの改革が英国の保険業界にとっての最大の関心事であり、それが最も重要な課題であると認識されている。

ソルベンシーII制度の下では、例えば年金引受会社は、ヘッジできないリスクに対して、多額の資本を保有することを余儀なくされている。これに対して、保険会社は、米国やバミューダ等のオフショアで長寿リスクを再保険することで対応してきている。

EIOPAは、今年の2月の標準式のレビューに関する助言の中で、リスクマージンについては、保険業界からの引き下げ要請の高かった6%の資本コスト率について見直さないことを提言した。また、リスクマージンのその他の要素については、2021年のソルベンシーIIの全体的な見直しの中で検討することとした。

このEIOPAからの助言を踏まえて、欧州委員会は現在、現段階におけるソルベンシーII改正について検討しているが、リスクマージンについてはEIOPAの助言に従う方針のようである。

Brexitに伴う合意の方向性が固まってきた場合に、さらにはソルベンシーII改正に関するEUの方針が固まってきた場合に、今後PRAがリスクマージンを初めとすると各種のソルベンシーIIに関係する課題に対して、どのような対応を行っていくのかについては、引き続き注目されることになる。

Brexitを踏まえた英国のPRAのソルベンシーIIへの対応については、多くの人が興味関心を有している事項であり、EUにおけるソルベンシーIIだけでなく、グローバルベースでの規制資本の検討等に少なからず影響を与えていくことも想定されることから、今後も引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年11月05日「基礎研レポート」)

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【英国におけるソルベンシーII規制を巡る最近の動向-PRA(健全性規制機構)による各種対応-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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