2018年11月05日

英国におけるソルベンシーII規制を巡る最近の動向-PRA(健全性規制機構)による各種対応-

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1―はじめに

Brexit(英国のEU離脱)を巡る動向については、引き続き不透明な状況にあり、このままいけば、No-deal Brexit(合意なしの英国のEUからの離脱)の可能性も否定できない状況になってきている。

こうした状況下で、英国の各監督当局は、No-deal Brexit シナリオを含む形でのBrexitに備えた対応を着実に進めていくことが求められている。これについては、前回の基礎研レポート「Brexitに向けての英国政府の対応-No-deal(合意なし)シナリオも踏まえた保険監督当局等の検討状況-」(2018.10.30)(以下、「前回のレポート」という)で報告した。

その中でも報告したように、ソルベンシーII規制については、Brexit後の英国は、現行の制度をベースとしつつも、今後はソルベンシーIIとの同等性を確保しつつも、独自の規制を行っていく可能性も想定されていくことになる。英国の保険監督当局であるPRA(Prudential Regulation Authority:健全性規制機構)は、これまでもソルベンシーIIに関する各種の政策声明(Policy Statement:PS)や監督声明(Supervisory Statement:SS)を公表することで、ある意味でEUにおけるソルベンシーIIに基づく保険監督をリードしてきたが、昨今はBrexitを踏まえての各種対応を検討してきている。

今回のレポートでは、こうしたPRAによるソルベンシーII規制を巡る各種の動きの中から、トピカルなテーマについて、それらの内容を報告する。
 

2―PRAの事業計画―ソルベンシーIIに関する内容―

2―PRAの事業計画―ソルベンシーIIに関する内容―

ソルベンシーIIに関係する各種の問題については、EU各国間でも、実際の適用状況等に差異があることはこれまでも述べてきた。

英国がEUから離脱する場合、これらの異なる取扱がさらに拡大していくことになるのかは、気になるところである。ただし、前回のレポートで報告したように、当面はソルベンシーIIとの同等性を追求するために、できる限りEU各国と平仄を合わせた取扱を行っていくものと想定される。

PRAは、2018年4月9日に、2018年から2019年にかけての事業計画を公表1している。その中で、ソルベンシーIIに関しては、「ソルベンシーII - 新しい体制の運用に慣れてきたPRAのアプローチを改善し、会社がそれに適応する際に生じるリスクを特定する。」としている。

具体的には、「法定目的を達成するために、ソルベンシーIIの枠組みの中で、英国の保険会社の将来を見据えた判断ベースの監督を引き続き実施する予定である。」としている。さらには、「適切かつ可能な限り、フィードバックを考慮して、経験に照らして監督上のアプローチを調整する。 これには、財務委員会が提起したいくつかの重要な問題2を取り上げることも含まれる。」としている。

PRAは、2017年10月に開始された協議の後、ソルベンシーIIの導入に対して一連の改善を行ってきている。これらには、「マッチング調整」、「内部モデル変更プロセス」及び「報告要件の実施」に関する方針の確定が含まれている。

さらに、2018年4月からは、
(1)中小会社のソルベンシー及び財務状況報告書(SFCR)の外部監査要件の2019年からの廃止
(2)内部モデル会社の「ダイナミック」ボラティリティ調整のモデリング
という2つの分野で協議する予定である、とした。加えて、技術的準備金に関する移行措置の再計算を簡素化する方法を検討する、とした。

以上に加えて、「ソルベンシーIIのリスクマージン」については、現在の方式は、「金利にあまりにも敏感であり、現在の低金利環境、特に長期年金事業では大きすぎると考えている。」とし、「金融政策委員会が以前に指摘したように、潜在的な景気循環的な投資行動を促進すると同時に、現在の設計は、英国の保険会社がオフショアで新たな長寿エクスポジャーの大部分を再保険するようリードしている。PRA、業界、財務省特別調査委員会(Treasury Select Committee)が合意した問題に取り組むよう行動する。」と述べた。

このように、PRAは、具体的な項目を掲げて、ソルベンシーIIに関して必要な見直しを行うことを進めてきている。  

3―Brexitを控える英国におけるソルベンシーII規制を巡る検討状況

3―Brexitを控える英国におけるソルベンシーII規制を巡る検討状況

PRAは、2で述べた事業計画に基づいて、ソルベンシーIIの必要な見直しの検討を着実に進めてきている。この章では、事業計画で掲げられた項目等に対するこれまでの検討状況(政策声明や監督声明の公表等)を報告する。

内部モデル-マッチング調整(MA)のモデリング
PRAは、7月13日に「ソルベンシーII:内部モデル-マッチング調整のモデリング」に関する政策声明PS19/183及び監督声明SS8/184を公表した。

これらは、ソルベンシー資本要件(SCR)の計算におけるソルベンシーIIのマッチング調整(MA)の適用に関する、会社に対するPRAの期待を定めている。SS8 / 18で設定された期待は、主に会社のMAポートフォリオ内の社債資産から生じるリスクに適用される。しかし、SS8 / 18の多くは、MAポートフォリオで保有されている他の資産にも適用される可能性があるため、特に明記しない限り、PRAは会社がその内容をより広く適用できると考えている、としている。PRAは、必要に応じて、MAポートフォリオ内の他の資産の処理について、より多くの誂えの期待を出すかもしれない、としている。

この期待は、公表日の2018年7月13日から有効となる。
マッチング調整(MA
PRAは、7月13日に「ソルベンシーII:マッチング調整」に関する政策声明PS18/185及び監督声明SS 7/186を公表した。

これらは、マッチング調整(MA)の適用に関する会社の期待を定めている。MAは、適格保険負債のポートフォリオの最善の見積り計算のために、会社が関連するリスクフリー金利期間構造を調整することを可能にする。

このSSの範囲には、マッチング条件の遵守、MAベネフィットの計算、MAポートフォリオの継続的な管理とコンプライアンス、MA承認の申請、その後のMAポートフォリオへの変更、資産及び負債の適格性の評価及び既存のMAの承認の範囲外であるMAポートフォリオの変更の意味合いが含まれている。
内部モデルの変更
PRAは、7月13日に「ソルベンシーII:内部モデルの変更」に関する政策声明PS 20/187及び監督声明SS 12/16の更新8を公表した。

このうちの監督声明SS 12/16「ソルベンシーII:英国保険会社が使用する内部モデルの変更」は、承認された内部モデルに対する大きな変更(個々の主要な変更又は軽微な変更の蓄積によって引き起こされた大きな変化のいずれか)、又は承認された内部モデルの範囲の拡大(例えば、新しい契約ユニットやリスクをカバーするため)の承認を申請した会社に関するPRAの期待を規定している。この監督声明はまた、承認された内部モデル変更方針を改正するために申請する会社に関するPRAの期待を述べている。会社がEEA又は非EEAグループの一部である場合、監督カレッジは、主要な変更申請を承認するための全体的なプロセスを調整し、合意する必要があるが、これは監督声明に記載されているものとは異なる場合がある。

特に監督声明は以下を対象としている。

・モデル変更適用前及び適用中のPRAとの相互作用
・モデル変更申請の品質
・モデル変更申請と共に提供される情報
ボラティリティ調整(VAのための監督上の承認
PRAは、10月17日に「ソルベンシーII:ボラティリティ調整のための監督上の承認」に関する政策声明PS22/189及び監督声明SS23/1510を公表した。

この監督声明では、ボラティリティ調整(VA)の適用を申請する会社に対するPRAの期待として、特に以下の項目について明らかにしている。

・VAを使用するために申請に含めるべき項目
・PRAが申請の内容を使用して、VAを使用するための法定の条件が満たされているかどうかを評価する方法
・VA承認プロセスがどのように機能するか
SFCR(ソルベンシー及び財務状況報告書)の外部監査要件
PRAは、10月17日に「ソルベンシーII:公衆開示要件の外部監査」についての政策声明PS25/1811、及び「ソルベンシーII:公衆開示要件に関する外部監査及び統治組織の責任」に関する監督声明SS 11/1612を公表した。

監督声明は、統治組織に対して、開示された情報の継続的な妥当性に関する責任とSFCR(ソルベンシー及び財務状況報告書)を承認しなければならない、ことをリマインドさせている。また、SFCRに関する外部監査要件と、PRAが監査人に対して、会社のSFCRを監査する上で従うことが期待されている監査ガイダンスに関して、期待される保証レベルを設定している。

これにより、一定のソルベンシーII対象の小規模会社に対して、SFCRの外部監査要件を取り除く計画が確認された。

ここで、「小規模」保険会社の定義は、保険料総額と最良推定負債に基づいており、会社はSFCRを1年監査する必要があるが、次年度は監査する必要はない。

この不確実性を避けるために、会社は2年連続して小規模保険会社である場合に限り、監査を必要としない。会社が2年連続して臨界値を上回った場合にのみSFCRを監査する必要があることになる。

この取扱は、2018年11月15日から有効となる。

この変更により、150社以上の小規模会社が外部監査要件を免除されることになる、と想定されている。
内部モデル-ボラティリティ調整(VA)のモデル化
PRAは、10月17日に「ソルベンシーII:内部モデル - ボラティリティ調整のモデル化」についての政策声明 PS23 / 1813、及び監督声明SS9/1814を公表した。

これらにより、SCRを計算する際に、動的ボラティリティ調整(Dynamic Volatility Adjustment:DVA)から生じる可能性のあるリスクを決定する際の、内部モデル会社に対するPRAの期待を示している。また、これにより、ソルベンシーIIのボラティリティ調整(VA)の変更をモデル化することができることを確認している。

これまで、英国は、内部モデル会社が、VAが1年間の予測でモデル化された信用スプレッドに沿って移動することができるDVAを使用することを禁止してきた。

DVAを使用することは、重要な資本利益をもたらす。すなわち、スプレッドリスクの資本要件は、一定のVAを使用して導かれたものの約半分であり、そのアプローチはEUの他の国では許可されてきた。

EIOPA(欧州保険年金監督局)は、欧州全域でのDVAの発散的なアプローチに懸念を表明していたが、PRAは、4月にDVAの使用に関する協議を開始し、最終的には今回、軽微な修正と明確化のみを行った政策声明を公表している。会社は、DVAを使用することを希望する場合、主要モデルの変更を申請しなければならず、自らが得る利益を開示しなければならない。

この取扱は、2018年10月17日から有効となる。 14 https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2018/solvency-ii-internal-models-modelling-of-the-volatility-adjustment-ss
 https://www.bankofengland.co.uk/-/media/boe/files/prudential-regulation/supervisory-statement/2018/ss918.pdf?la=en&hash=D91A051A2B2C6789CD9DF55EFD08ABCC55D65E94
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中村 亮一

研究・専門分野

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