コラム
2018年10月31日

重さの単位-まもなく130年ぶりに改定される予定

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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さて、少し寄り道したが、重さの単位について。最初に前回までのあらすじを思い出しておく1と、1889年の第1回国際度量衡総会(CGPM)では、長さと重さについての基準が承認された。

国際メートル原器・・・1メートルは国際メートル原器に刻まれた2本の線の間隔
国際キログラム原器・・・1キログラムは国際キログラム原器の質量
 
時間(1秒)については、それまで通り、平均太陽秒(簡単に言えば公転時間を86400秒とする)だった。この段階では、長さ、時間、重さとも、「経緯はあれども、これを基準に決める」式の定め方だったが、その後、1967~68年の第13回CGPMにおいて時間の単位(秒)が、1983年の第17回CGPMにおいて長さの単位(m)が、それぞれ現在用いられている定義に変更され、そこでは相対性理論などの物理理論に基づいた普遍的な定め方がなされたのだった。
 
しかし、重さだけは、今でも国際キログラム原器によって「これが1キログラムだ!」と、決めている格好になっている。当初、水1リットルの質量を1キログラムとしたという経緯をもつが、その後、長さの誤差、温度による変動、水の蒸発などがあることで、基準としてはふさわしくないことになり、同じ重さの金属(白金)を使ったキログラム原器が基準となった。

さてそのくらいの精度でも我々の日常生活には充分すぎるくらいなのだが、高度な科学技術分野では、例えば
電子の質量: 9.10938356 ±0.00000011 ×10-31 ㎏  
などという高精度で測定され、それにもとづく議論、機器の設計・組立がなされるので、さすがに今のままの定義では、いずれもたなくなるだろう、とは想像できる。あるいは何らかの事情で原器が失われた時、または劣化により重さが変わった時再現できないとか、宇宙人とは話が通じない?とか、不都合なことがある。(実際、キログラム原器は1年に50マイクログラム程度変動しているのではないかと推測されている。なにせ原器なのだからそれは測定できない。ちなみに50マイクログラムとは「指紋1個の重さ」程度だそうである。不用意に触っただけでも不正確になる。)

しかし、いよいよ2018年11月に開かれる第26回CGPMにおいて、重さの単位も物理理論に基づいた基準に改定される予定となっている。実際の改定は2019年5月20日から、と予定されている。
 
さて、重さの新しい基準であるが、
「キログラムの大きさはプランク定数(h)の値を、正確に6.62607015×10-34 Jsと定めることによって設定される。」
となる予定である。といっても何のことだかわからないと思う。今後このことが一般のニュース等で取り上げられることがあると思うが、たぶんこんな表現にとどまると思う。厳密なところは、相対性理論と量子力学を中心とした理論に基づくものであって、一般向けに一言で解説するには無理がある。  

当然、筆者自身も、今は理解力も説明力も足りないが、無謀にも以下数行での説明を試みる。
 
・原子よりも小さいような極微の世界では、モノは波と粒子という、一見まったく違う両方の性質をもつと考えざるをえない(という実験事実がある。これは量子力学の世界。)
・波としてのエネルギーは、波の振動数に比例し、その比例定数をプランク定数と呼ぶ。
・粒子としてのエネルギーは、(質量)×(光速の2乗)である(相対性理論)。
・こうして、エネルギーを2通りにあらわせば、質量とプランク定数が関連付けられて、プランク定数を決めれば、質量も決めることができる。
 
これまでは、重さの基準があって、測定される立場(つまり誤差あり)だったプランク定数を、誤差のない値として先に定義してしまい、あとで重さを決めるという具合に順番を逆転させる。そういえば、以前長さの基準を決めた時も、それまで測定される立場にあった光速を誤差なしに299,792,458m/sと先に決めて、逆に「1mとは、光が真空中で1/299,792,458 秒の間に進む長さ」と定めたのだった。これ以上興味のある方は、文末の文献2をご覧頂きたい。
 
今回のCGPMにおいては、重さだけではなく、電流(アンペア)、温度(ケルビン)、物質量(モル)の定義も新しくなることが予定されている。

このうちモルについては、重さの改定と密接な関係があるので、ここで可能な限り述べる。
 
高校で物理、化学を勉強した人であれば、1モルとは、例えば炭素原子(なんでもいいが)約6.02×1023個(アボガドロ数)の量のことである、などと一応おなじみ(だった)だろう。ところが、現在の1モルの正式な定義は、
「0.012kgの12C(質量数12の炭素)に含まれる原子数と等しい数の構成要素を含む系の物質量」
とされており、アボガドロ数である6.02云々には触れない、もってまわった表現になっている。

これは、アボガドロ数について、先ほどの大学入試レベルのケタ数設定ならともかく、正確な測定には、超高精度の技術が要るということから、実現しなかったという事情がある。立ちはだかる困難には、例えば、同位体の混入により完全に同じ粒子を1023個程度集めることが困難であること、表面が酸化することを考慮する必要があることなどがある。それらの諸事情を克服し、必要な水準にまで精度が高められたので、いよいよ今回、直接アボガドロ数を精密に計測して、例のごとく逆に定義することになっている。すなわち
「1モルは、6.02214076×1023個(アボガドロ数)の要素粒子を含む。」
と決められる予定である。

そしてこれはまた、重さの定義との整合性をみることで、お互いに精度の検証にもなっている。
 
プランク定数にしても、アボガドロ定数にしても、こうした定義の改正にまでこぎつけるには、超高精度の測定が必要である。こうした技術の向上は国際的なプロジェクトのもとで行われ、国どうしの競争もあれば協力もある分野のようだが、今回、プランク定数の測定についてはアメリカ、カナダが、アボガドロ定数の測定については日本、ドイツが、必要な精度に達しており、それらの国からの報告をもとに、今回の定義の改定に至ったとのことである。単位の定義の決定や物理量の測定に(ですら?であるからこそ?)最高水準の科学技術力が必要であり、日本もその一翼を担っているということで、誇らしいことでもある。
 
さて、単位の定義が変わる、とはいっても、日常生活は何もかわらないし、科学実験においても、高精度が必要な場面をのぞいては、特に変わることはない。だから、超精密な実験に縁のない限りは、日常生活に関しては何も変更の心配はないようだ。むしろこれまでとの連続性を保つために、精密な測定技術を駆使して、誤差なしで長い端数をもった定数などを定めたのだった。

とはいえ、単位の改定に関わる、超高精度の測定技術の向上などは、国あるいは企業の科学技術力の表われでもあり、将来的には国際的な産業競争力などにも影響するのかもしれない。
 
1 「長さ、時間、速さの単位」(2018.5.16 研究員の眼)参照
2 参考文献
「理科年表 平成30年 第91冊」 国立天文台編 丸善出版 
「新しい1キログラムの測り方」  臼田 孝   講談社
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2018年10月31日「研究員の眼」)

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