2018年10月03日

英国コーポレートガバナンス・コード改訂に見る「従業員重視」

  江木 聡

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英国のコーポレートガバナンス・コード(以下、コード)が2018年7月に改訂された。Brexitが象徴するグローバリズムへの批判やエリートへの反感を受け、メイ政権は2016年の発足当初から普通の労働者階級(ordinary working class)のための政治を標榜し、上場企業の役員報酬や取締役会について改革を唱えていた1。一つの具体策として、取締役会に従業員の声が届くようにする仕組みが検討され、意見公募を経て次の3つの手法が改訂コードに規定された(コード「条項5(Provision 5)」抜粋・筆者仮訳)。

・従業員代表の取締役招聘
・従業員に諮問する正式な会議の設置
・従業員との対話を担当する非業務執行取締役の配置

取締役会は3つの手法のうちいずれかまたはその組み合わせを選択しなければならないが、いずれも選択しない場合には、自社にとって実効的な代替策を、実効的であるとする理由と併せて説明すれば良い。「条項5」に対し上位にあるコード「原則D(Principle D)」は「企業が株主およびステークホルダーに対する責務を果たすため、取締役会はこれらの関係者に対し、実効的な対話を行うとともに取締役会への参画を働き掛けるようにすべきである」(筆者仮訳)とする。英国のコードは、基本的な考え方である各原則については適用(apply)を義務付けているが、各条項は原則の実現手段という位置付けであるため、基となる原則の趣旨を満たす限り、条項が規定する実務レベルには柔軟性を持たせている(いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」)。実際に3つの手法から想定される実務について、意見公募の反応等を参考として若干の検討を試みる。尚、英国の主要上場企業の平均的な取締役会とは、10名程度の取締役で構成され、およそ3分の2が非業務執行取締役(社外取締役)で、残り3分の1がCEOやCFO などの業務執行取締役(社内取締役)である。
まず、メイ首相自身が掲げた「従業員代表の取締役招聘」は、従業員を代表して選任された取締役(「従業員取締役(employee director)」)が、従業員の各層や各事業所で同僚と対話し、現場の取組や課題を理解して、取締役会に従業員の視点(perspective)をもたらすものである。EU諸国では、英国とは機関構造が異なるが、ドイツの監査役会(supervisory board)で従業員代表が3分の1以上を占める制度がよく知られており、英国でも僅かながらFirst Group plc社(旅客運送業大手)という実例がある2。法的には、従業員取締役であっても取締役として株主に対し特定の法的責任を負うため、従業員代表という立場との利益相反が懸念されている。もっとも、従業員取締役の目的が従業員の利害を代表することよりも、従業員の目線や評価を取締役会にもたらすことであると、取締役会で明確にしておけば両立しうるという意見もある3。実務上は、他の取締役と同様に取締役の役割や責務を果たすため、コーポレートファイナンスや意思決定に対する理解が求められることから、従業員取締役が取締役会で機能発揮するには、適切な導入ガイダンスや教育・訓練が鍵となる。
3 CORPORATE GOVERNANCE REFORM(2017) .“The Government response to the green paper consultation”P.27
「従業員に諮問する正式な会議の設置」は、例えば、既存の産業・職業別労働組合(英国は日本のような企業別組合ではない)を通じた意見聴取の仕組みなどとは別に、取締役が自社の従業員から直接意見や助言を求める正式な場を設けるものである。現時点で特定の形式が推奨されているわけではないが、実際に取締役会に対して影響力を発揮できるようにすることが重要であり、各社の実情に則して柔軟に設計、運営することが期待されている。

「従業員との対話を担当する非業務執行取締役の配置」は、既に就任している非業務執行取締役に従業員と対話する役割を付与するもので、そのために必要な支援と資源配分を行う必要はあるにしても、これまでの2つの選択肢と比較すれば最も実現可能性が高い選択肢といえるだろう。「従業員担当取締役」は、従業員、労働組合との対話で関心事について議論することや、従業員満足度調査といった会社の関連統計にアセクスすることなどを通じて、従業員の見方や評価を取締役会にもたらすことができる。一方で、従業員取締役と同じように利益相反が懸念され、役割の性質から非業務執行取締役としての独立性が損なわれる懸念もある。

政府が2016年にステークホルダーの代表を取締役会に送り込む案を政策提案した当初、意見の多くは(メイ首相の主張を念頭に)従業員取締役を想定して、6割が懐疑的な反応を示していた4。後に上記3つの手法がコード原案で提示された際は、概ね支持を得るに至ったが5、英国企業の取締役・経営層はやはり従業員取締役に対し少なからず抵抗感があるようだ。従業員が生え抜きで取締役に内部昇進し取締役会の大半を占める日本とは、雇用慣行だけでなく社会構造も大きく違うという背景もあるだろう。

コーポレートガバナンスの在り方は、その国の文化、社会構造、企業史や社会の要請などから固有に形成されていくものである。日本では従業員に比べ株主の位置付けが必ずしも高くなかったことから、目下その是正を図っているところであり、企業がステークホルダーとして誰を重視するのかという点で、日本と英国は正反対を志向している印象を受ける。但し、英国は会社法が、従業員の利益を、取締役が株主全体の利益のために行為するに当たって考慮する要素にとどめており、株主最優先は厳然と変わらない6。ただいずれにしても、取締役会における議論や意思決定に際して従業員の見地を取り入れるという取組みが意欲的であることは間違いない。英国の試みは、一般に従業員重視と言われる日本企業の取締役会にも、コーポレートガバナンスにおける従業員重視とは具体的にどのような内容であるのかについて貴重な示唆を与えてくれるのではないだろうか。
 
4 前掲注3 pp.26-27
5 Financial Reporting Council(2018).“Feedback Statement : Consulting on a revised UK Corporate Governance Code”P.6
6 The Companies Acts of the UK 2006
「第172条(1) 会社の取締役は、当該会社の社員全体の利益のために当該会社の成功(success)を促進する可能性が最も大きいであろうと誠実に考えるところに従って行為しなければならず、かつ、そのように行為するに当たり(特に)次の各号に掲げる事項を考慮しなければならない。(中略)
(b) 当該会社の従業員の利益(以下略)」(筆者注:「社員」とは公開会社の場合、株主を指す。)
イギリス会社法制研究会(2017). イギリス会社法 ―解説と条文― 成文堂 P.122
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江木 聡

研究・専門分野

(2018年10月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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