2018年08月27日

老いる中国、介護保険制度はどれくらい普及したのか(2018)。-15のパイロット地域の導入状況は?

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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3――介護保険の制度内容―高齢化が進んだ上海市を例に

では、高齢化が進んだ上海市を例に、制度内容を概観してみる。

中国では、法定退職年齢(男性)の60歳以上を高齢者として位置づけている。2017年の上海市の高齢化率は33.2%で、全国で最も高い。平均寿命も83.37歳と全国平均(76.7歳)よりも6歳以上も長い。急速な少子高齢化に加えて、核家族化が進んでおり、今後は一人っ子政策の影響を受けた世代が高齢者となる中で、高齢の夫婦のみ、または独居の高齢者世帯が増加すると考えられる5。上海市にとって介護保険制度の整備は喫緊の課題といえよう。
 
上海市は、高齢者対策の柱として「90・7・3計画」を掲げている。つまり、高齢者の90%に家庭での自立した生活を、7%に社区(地域コミュニティ)による訪問介護・看護サービスの提供を、3%に施設介護を提供することを目標としており、高齢者にはより自立した生活を求めている。介護保険制度にも、その考え方が強く反映されている。

制度自体は、2017年にまず、上海市内の3つの区(金山区、徐匯区、普陀区)、2018年からは全市で実験的に導入されている。
 
被保険者は、都市就労者を対象とした医療保険、都市非就労者・農村住民を対象とした医療保険の被保険者である。加入開始年齢は最も若くて16歳となる。保険料について、実験導入期間中は、医療保険の基金から全額転用され、個人や企業の負担はない。
 
上海市では、他地域と異なり、介護認定の申請を60歳以上に限定している。申請は居住地域にある社区事務受付センターにおいて本人または代理人が行う。次いで、当該センターが介護認定機関に認定調査の依頼を行う。認定調査員は、2名(以上)で、申請者または代理人と面会してその状況を確認する5。要介護認定の基準は全国で統一されておらず、上海市の場合は、独自に定めた基準(上海市高齢者介護統一ニーズ評価レベル別基準」)に基づいて認定される。
 
介護度の認定は1から6級の6段階であるが、介護サービスを受けられるのは2~6級となっている。認定結果は2年間有効である。

どのようなサービスを受けられるかについては、被保険者が介護認定を受けた後、上海市の医療保険センターが認定した社区の介護サービス事業者や施設に所属する担当者と、介護サービスプラン(ケアプラン)を作成して決定する。

例えば社区の介護ステーションが提供できる訪問介護サービスは、排泄介助、食事介助などの身体介護と、ベットメイクの生活援助、経鼻栄養チューブ管理など看護師が行う訪問看護がある(図表8)。提供されるのは合計42項目で、そのうち生活をサポートする「基本生活ケア」(訪問介護の身体介護・生活援助)が27項目、「常用臨床看護」(訪問看護)は15項目となっている。基本生活ケアはほぼ身体介護で構成され、掃除、洗濯といった日本の生活援助に相当する内容はほとんど対象外となっている。
図表8 訪問介護で提供されるサービス内容
上海市では、介護の必要度合いによって、給付されるサービスの利用回数、時間、金額が決められている(図表9)。例えば、訪問介護サービスについては、要介護度が最も重い介護6級の場合、1週間に7回、1回あたり1時間までとなっている。
図表9 在宅サービス、施設利用における給付内容
自己負担は10%となっており、医療保険における自己負担よりも低く設定されている。決められた利用回数や時間を越えた場合、自己負担となるが、例えば、看護師による看護は1時間80元で計算されることになる。
 
一方、施設介護については、介護施設および療養型医療施設でのサービスに対して給付がなされる。介護施設については、要介護度に応じて、1日あたりの給付限度額が定められており、最も重い介護6級の場合は、1日30元となっている。

なお、介護施設の自己負担割合は15%であるが、療養型医療施設でサービスを受ける場合は、被保険者が加入している公的医療保険で別途定められた自己負担割合が適用されることになる。就労者を対象とした基本医療保険に加入している場合、入院給付の規定では、1階部分の給付限度額(51万元)までであれば自己負担は15%、それを超える場合は20%が自己負担となる。
 
5 上海市「高齢者QOL調査」(2015年5月28日発表)によると、高齢者がいる世帯のうち、53.8%が高齢者夫婦のみまたは独居の世帯であった(調査結果は2013年末)。上海市「高齢者生活方式、高齢者向けサービスのニーズ調査」(2018年5月18日発表、調査結果は2016年末時点)のアンケート調査によると、60歳以上の高齢者のうち、5%ほどが自立した生活が難しいと判断している。
6 認定調査員は、A類、B類に分けられる。A類は介護サービス、看護などの介護実務経験者、B類は医師である。認定調査員は介護認定機関に所属する。申請者または代理人との面会は2名以上で行い、メンバーにはB類を少なくとも1名含む必要がある。
 

4――今後検討すべき課題

4――今後検討すべき課題

このように、2020年までの中間年にあたる2018年の現時点において、パイロット地域における介護保険制度の特徴を整理してみた。多くの地域では財源を医療保険基金に求め、サービス利用を要介護度が重度な者に限定している。サービスについても、在宅(身体介護中心)、施設に絞り、現物給付を基本としている。制度運営の細かな事務手続き等は、その多くが現地に進出した民間保険会社が担っている。
 
では、今後、制度導入が本格化する中で、考えられる課題にはどのようなものがあるか、以下に私見をまとめてみたい。
 
まず、介護保険制度を運営していく上で、財源をどのように確保するか、という問題がある。

試験導入期間中の介護保険は、医療保険基金を財源の柱としているが、本格導入の2020年以降は、雇用主や個人による保険料負担の検討が必要になってくるであろう。

雇用主負担については、まず、医療、年金といった既存の社会保険料負担が既に重い中、更なる負担増を雇用主にどのように受け入れさせるかという問題がある7。都市就労者の場合、社会保険料負担は労使折半ではなく、雇用者側が重いケースが多いからだ。加入対象年齢を16歳とした場合、保険料の納付期間も総じて長く、料率の設定をどうするかも重要な鍵となるであろう。

個人で保険料を納付する都市の非就労者、農村住民の場合も、保険料の設定や、自己負担割合などの給付内容をどう定めるかという問題がある。介護保険は医療保険とは異なり、被保険者の戸籍や就労の有無で加入する保険を峻別していない。医療保険は、現時点で都市就労者は高負担・高給付の保険、都市・農村住民は低負担・低給付の保険に加入することで、有る意味棲み分けがされている。介護保険のように、両者が同一の保険に加入する場合、保険料設定に際して、農村住民の所得額を正確に捕捉することは難しいと考えられる。将来的には統合するとしても、山東省青島市のように、保険料負担の多寡に応じて自己負担割合を調整する(高負担の場合は自己負担割合を低く設定)といった措置の検討も一案と考えられる。
 
加えて、雇用主や個人の保険料負担のみならず、国、地方政府からの財政支出をどうするか、またはどう再分配するかも検討する必要があろう。現状の「市」単位の財源では規模が小さく、経済成長や高齢化の度合いも地域で異なるため、収入と支出のバランスが崩れやすい。その一方で、2016年時点で、国の歳出に占める社会保障費は18.5%とおよそ2割に迫り、既存の社会保障制度だけでも財政へのプレッシャーは大きい。生産年齢人口が減少に転じている中で、経済成長の鈍化による歳入の減速化もにらみながら、介護保険という新たな需要のプレッシャーとのバランスを考慮する必要もあろう。
 
介護保険制度は既存の社会保険と比較しても、地域によって多様性に富んでいる。しかし、給付対象となる要介護認定などの重要な基準や、最低限必要なサービス内容については、国が統一して定める必要があろう。

パイロット地域での介護保険は、低負担・低給付(現物給付)を中心としているが、例えば、パイロット地域以外の北京市(海淀区)では、民間保険会社が提供する介護保険に任意で加入し、要介護度(3段階)に応じた現金給付とする制度を導入している。北京市の海淀区のケースは高負担・高給付(現金給付)で、現行のままでは、全ての人が加入できる制度というわけではない8。このまま各地域でそれぞれ制度の検討が進めば、地域間格差が更に大きくなる可能性がある9。各市の財政状況を考えながら、制度をある程度フレキシブルに設計することは可能としても、国が社会保険として位置づける以上、老後の生活を支える制度として、要介護認定の統一基準や、最低限必要なサービス内容を定める必要があろう。
 
中国において、社会の構造は大きく変化している。現在、社会の主流をなす「4・2・1世帯」は一人っ子の夫婦2人が、それぞれの両親4人の老後を支え、一人っ子を育てるという構造となっている。加えて、中国民生部によると、高齢者がいる世帯のうち、高齢者のみの世帯は全体の51.3%を占めている。

このような中で、特に、要介護度が高く、家庭扶養では支えきれない認知症患者向けのサービス給付は早急に検討すべき課題の1つであろう。現段階では、低負担であること、サービス提供にあたっては専門人材の確保や施設の整備といった課題もあるため、認知症を認定対象としている地域は限定的である。しかし、今後は、一人っ子政策の影響で家族による扶養は更に困難となり、一方で高齢者は加速度的に増加する。保険料の徴収や財政支出も勘案しながら、重点的にサービスを確保していく必要があるであろう。
 
パイロット地域を含め、2020年の本格導入に向けて、各地域では制度の調整が日々繰り返されている。残された時間はそれほどないが、中国における介護保険制度がどのように展開していくのか、その動向に注視したい。
 
7 例えば、上海市の都市職工基本医療保険の場合、5つの社会保険の企業負担の合計がおよそ31%、従業員負担は10.5%と、合計すると4割を超えている。中国の場合、社会保険料は労使折半ではなく、企業の負担が総じて重いため、新しい制度の導入は企業経営に大きな影響を与えることになる。
8(出所)拙著「老いる中国、介護保険制度はどうなっているのか。」 中国保険市場の最新動向(23)、2016年12月20日発行
9 四川省成都市では地域を限定して相互保険という形での導入も別途検討されている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2018年08月27日「基礎研レポート」)

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