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精神医療の現状 (後編)-「治療同盟」のもとで、時間をかけた治療が行われる

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
0――はじめに
また、こころの病気にはさまざまな種類があり、原因がはっきりしないこともある。このため、医師による患者への問診や患者の様子の観察が重要なポイントとなること、などもみていった。
本稿では、精神医療における治療についてみていく。そこでは、患者の睡眠や生活リズムなどを整えて、休養や生活環境の調整を図った上で、医師の指導のもとで、精神療法や薬物療法が行われる。
精神療法では、医師による患者の診断を通じて、さまざまな治療法が用いられる。一方、薬物療法では、近年大幅に進化した向精神薬を用いて治療が進められる。これらの2つの治療法は、独立して行われるものではなく、併用されることが一般的とされている。
また、本稿では、精神医療と関係の深い睡眠の考え方についても、簡単にみていく。
その上で、最後に、まとめと私見を述べることとしたい。
本稿を通じて、読者に、精神医療への関心と理解を深めていただければ、幸いである。
1――精神医療における治療
精神医療では、休養・環境調整、心理・社会療法、薬物療法の3つが治療の三本柱と考えられており、これらを組み合わせてストレスに対処していく。このうち、心理・社会療法は医師の診察・問診などをベースとした精神療法と、社会復帰のためのリハビリテーションなどを行う社会療法に分けられる。次章では、精神療法を概観していく。
1 このほかに、電気けいれん療法や、光療法が行われることもある。電気けいれん療法(electroconvulsive therapy, ECT)は頭部に少量の電流を流してけいれん発作を起こすもので、18世紀頃から統合失調症の治療に用いられいていた。しかし、脊椎骨折や記憶障害等の副作用が起こったことや薬物療法が発展したことなどから、行われなくなった。1950年代に、改良型ECTが開発され、筋弛緩薬と麻酔薬を用いることでけいれん発作を起こさずに通電可能となった。改良型ECTは、重症のうつ病が適応となっており、薬の効果が得られない人や、自殺の危険性のある人に対して即効性があるとされている。双極性障害の躁状態や、緊張型の統合失調症の患者にも用いられる。なお、光療法については、第5章を参照いただきたい。
2――精神療法
1|支持的精神療法が治療の基本となる
まず、医師等と患者が、こころの病気からの回復を目指すパートナーとして信頼関係を築く。この協力関係は、「治療同盟」と呼ばれる2。その上で、支持的精神療法が行われる。そこでは、医師等は患者の気持ちを受容し、患者を支援する。それにより、患者の生活能力の回復を図る3。
支持的精神療法は、さまざまな精神疾患の治療の基本に位置づけられる。治療を行う医師等は患者を受容し、その訴えに傾聴することが必要とされる。そして、患者が抱えている悩みを理解して、その気持ちに共感することが求められる。患者を否定したり不用意に励ましたりすると、治療に悪影響となる恐れがある。このため、患者に介入する場合には、慎重に言葉を選ぶ必要があるとされる。
2 治療同盟は、お互いの信頼感とコミュニケーションからなり、あらゆる精神療法で必要とされる。
3 支持的精神療法は、臨床心理士などの専門家が行う場合は、カウンセリングと呼ばれることがある。カウンセリングにおいては、自分の感情や考えを取り払い、患者の主張をひたすら聞くことが求められる。
2|訓練療法としては、行動療法、認知療法、対人関係療法が代表的
訓練療法は、精神科医や臨床心理士などの専門家が、患者の行動や考え方を対象にした学習や訓練を通じて症状の改善や能力の回復を目指す治療法を指す。代表的なものとして、行動療法、認知療法、対人関係療法がある。この他に、自律訓練法、マインドフルネス、森田療法といった治療法もある。
(1) 行動療法
1960年頃、ドイツの心理学者アイゼンクによって考案された治療法で、欧米で広く用いられている。不安などにより萎縮した患者の心理状態を、行動によって回復させようとする治療法をいう。主に、パニック障害、強迫性障害などの不安障害や摂食障害などの治療で用いられる。患者は自らの行動の記録をノートにつけてそれを確認しながら、段階的に行動を修正していく。そして、その過程を通じて、行動を修正しても自分が不安に耐えられるということを、患者自身で学んでいく。
段階的な行動の修正は「シェイピング」と呼ばれる。治療を行う人は、最終目標に向けた途中の目標を、細かく設定する。患者は1つ目標を達成するごとに達成感を味わい、自信をつけていく。このように、治療を通じて患者が少しずつ自信をつけていくことが、行動療法の特徴といえる。
(2) 認知療法
1960年代に、アメリカの精神科医ベックにより、うつ病の治療法として考案された。日本では、1980年代後半から普及した。認知療法では、ものの考え方や受け取り方を「認知」という言葉で表す。そして、うつ病の主な症状である抑うつ気分は、認知の誤っている部分(認知の歪み)が原因で生じると位置づける。医師等は、患者が自分自身で認知の歪みに気づいて修正していくよう促す。認知療法は、大うつ病性障害や不安障害などで主に行われる。
認知の歪みは、いくつかの形で現れるとされる。ベックは、次表の6つを挙げている。
まず、患者は、自分が気になるできごとを感じたままにノートに書き出す。(「Aさんが電話をくれないのは、私が嫌われているからだ」など。) 次に、自分が感じたこととは全く違う例を、思いつくままに書き出す。(「Aさんが電話をくれないのは、忙しくてかける暇がなかったからだ」「たまたま電話をかけるのを忘れてしまっていたからだ」など。) そして、ノートに書き出したものを、客観的に振り返ってみる。これにより、患者は自分の認知の歪みに気づいてその修正を行う。このようにして、治療を進めていく。
(3) 対人関係療法
1960年代末から、アメリカの精神科医クラーマンにより、うつ病の治療法として開発された。この治療法では、対人関係の悪化がうつ病の症状の悪化につながり、両者に悪循環が生じているとみる。患者の親、配偶者、恋人など重要な他者との現在の対人関係と、うつ病との関連を明らかにすることで、対処すべき対人関係の修正を図る。
この治療法には、何か特有の技法があるわけではない。原因の探索、患者の感情の明確化、コミュニケーション分析などの方法が、治療を行う医師等によって工夫されて行われる。
(4) 自律訓練法
1930年代に、ドイツの精神科医シュルツによって体系化された自己催眠法。大うつ病性障害や不安障害などの治療で行われる。患者が自分自身に暗示をかけて、呼吸・消化・循環などを司る副交感神経が活発となる状態を作り出し、心身をリラックスさせる。
まず患者は、枕をせずに足を開きぎみにして、腕を体から少し離して、ベッドで仰向けになる。または、手のひらを上に向けて、ひざを少し開きぎみにして、いすに浅く座って背もたれによりかかる。そして、ゆっくりと次表の公式を順番に繰り返して唱えていく。1つの公式を唱えて、そのとおりに感じることができたら、つぎの公式へと進む4。その過程を通じて、リラックスした状態を得る。
4 自律訓練法は、精神医療以外にも、ストレスの緩和、疲労回復、免疫機能の向上など、さまざまな効果が認められている。日常の健康管理や、仕事・学習の場、スポーツなどで利用されている。
(2018年08月02日「基礎研レポート」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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