2018年05月01日

2018年度診療報酬改定を読み解く(上)-急性期病床の見直しと地域医療構想との整合性

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~提供体制改革を中心に~

医療サービスの「公定価格」である診療報酬が4月から変わった。改定率については、医療機関向けの本体が0.55%、薬価や材料価格を含めた全体が▲0.9%となり、今後は医療機関の経営や患者の負担、現場の専門職に与える影響が広がっていくと思われる。

では、今回の改定はどのような目的で、どの分野が重視されたのだろうか。あるいは何が課題として残されたのだろうか。膨大な診療報酬の資料を解説することは決して容易ではないが、本レポートでは重点項目とされている提供体制改革に関して、2回に分けて改定の一部を読み解くことを目指す。

まず、(上)では診療報酬改定の概要や重点項目を概観した上で、重点項目の一つとして位置付けられた急性期病床の見直しについて、その概要や背景、課題などを考察する。具体的には、患者7人に対して看護師1人を配置する入院基本料(いわゆる7:1)の制度改正を取り上げた上で、2025年の医療提供体制改革を目指す「地域医療構想」との関係性を問う。(下)では、主にかかりつけ医機能の充実を取り上げる。
 

2――診療報酬改定の全体像

2――診療報酬改定の全体像

1改定率と重点項目
まず、診療報酬改定の概要を見てみよう。先に触れた通り、医療機関に対する改定率(本体)は0.55%となり、2年前の前回改定率(0.49%)を上回った。これに薬価や材料などの削減分を加味すると、差し引きの改定率は▲0.9%となった。

次に、診療報酬改定の重点項目1としては、(1)地域包括ケアシステムの構築と医療機能の分化・強化、連携の推進(2)新しいニーズにも対応でき、安心・安全で納得できる質の高い医療の実現・充実、(3)医療従事者の負担軽減、働き方改革の推進、(4)効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の強化――の4点が挙がっており、医科に関する項目は表1の通りである。

このうち、(1)として病床機能の分化や在宅医療の充実、入退院支援、医療と介護連携の推進などが挙がっている通り、医療提供体制改革が重視されていることが分かる。
表1:診療報酬改訂の重点項目
 
1 2018年3月5日厚生労働省の説明資料に基づいた。
2関係者の評価
では、こうした改定を関係者はどう評価したのだろうか。新聞や雑誌、専門ネットメディアの記事を総合し、振り返る2

まず、医療行政で最も大きな存在感を持っている日本医師会(以下は日医)の横倉義武会長は「(100点満点で)60点ぐらい」と評価している。改定率に関しては、財務省が引き上げ幅の圧縮にこだわったのに対し、日医は前回を上回る改定率を要求し、調整が難航したが、最終的に首相官邸の決断で改定率が決まった。横倉氏は「物価、人件費の伸びを勘案すると0.76%か0.78%ぐらいが望ましかろうと考えていた」と述べているが、前回を上回る本体の改定率となったことで、ギリギリの及第点を与えたようだ。その一方で、横倉氏は「より良い配分をしてくれた」と付け加えており、加算措置などの充実を加味すると、「60点より少し上に行った」と評価している。

これに対し、診療側と対峙する支払側はどうか。診療報酬を引き上げると、保険料の負担増に繋がるため、健康保険組合連合会(以下は健保連)などの支払側は反対するのが通例であり、今回も「保険料は上がり、薬価が下がっている中、診療報酬本体だけなぜプラスなのか」と不満を漏らしているが、入院医療と薬価制度での改革を評価し、「80点」という高い採点を与えている。

さらに、財務省としても歳出抑制に向けた姿勢を示すことができた。本体0.55%増という改定には国費で約600億円の財源を要するとはいえ、薬価の大幅削減が実現した結果、約6,300億円と見込まれていた社会保障費の自然増を4,997億円に抑制できたため、「社会保障関係費の伸び5,000億円以下は3年連続。(略)財政健全化が着実に進んできている」(麻生太郎副総裁兼財務相)と説明する余地を作れた。その意味では全体として利害関係者の声を上手くまとめつつ、厚生労働省が巧みに決着を図ったと言えそうだ。

しかし、日医と健保連の意見が対立した点があった。それは急性期病床を巡る改定であり、以下で述べることとしよう。
 
2 煩雑さを避けるため、「2|関係者の評価」については出典先を明らかにしないが、『日経ヘルスケア』『社会保険旬報』『週刊社会保障』『m3.com』『CB News』のほか、財務省ウエブサイトなどを参照した。
 

3――争点となった急性期病床の取り扱い

3――争点となった急性期病床の取り扱い

1急性期病床見直しの内容
入院基本料は医療の必要度に応じて大別されており、患者7人に対して看護師1人を配置する入院基本料(いわゆる7:1)が最も報酬が高く、医療必要度の高い急性期患者を受け入れることを想定している。そして、入院基本料は医療必要度に応じて10:1、15:1などに区分されており、これらの基本料は7:1よりも報酬の水準は低い。

今回の改定では図1の通り、現行制度で7:1に相当する部分(2018年度改定で「7:1」と名称がなくなったが、以下は「7:1」の表記を踏襲する)を細分化するとともに、患者の受け入れなどで定める基準を厳しくすることで、7:1の取得を難しくする内容が盛り込まれた。さらに、7:1を細分化することで、1,591点(1点は10円、以下は同じ)を評価していた7:1と、1,332点~1,387点しか得られない10:1までの段差を緩やかにした。これは7:1を圧縮したいという思惑がある。
図1:7:1と10:1に関する診療報酬改定の内容
7:1を巡る議論の淵源は2006年度に遡る。この時の改定で救急医療の充実を目指して7:1の報酬を手厚くしたところ、厚生労働省が想定した以上に、多くの医療機関が7:1を取得したが、7:1の診療報酬単価は10:1などと比べると高いため、財政を圧迫した。

そこで、7:1を圧縮する観点に立ち、後述する「地域医療構想」がスタートしたほか、前回の2016年度改定では7:1の取得・維持を難しくするため、患者の重症度や医療・看護必要度を評価する際の基準を厳しくした。

このスタンス自体は今回の改定でも踏襲されており、当局者は改定の理由について、「将来の医療需要を考えると、日本のほとんどの地域で7対1のニーズは減少を迎え始めている。なのに現場での体制の転換が見えてこない。7対1にしがみつかざるを得ない診療報酬上の構造的な問題がそこにある」と述べている3

しかし、過去との違いは7:1と10:1の間に様々な基本料を設定した点である。これには「『要件が満たせないので報酬区分を変えざるを得ない』『追い込まれる』というニュアンスでは、現場の弾力的な対応を促したとはいえない」「自院の患者像や医療提供体制に合った入院料を各病院が選びやすくなる」「様々な実態に即して医療機関を動きやすくする」4という狙いがあり、10:1への移行に向けた選択肢を複数作ることで、その移行をスムーズにしようとしている。少し分かりやすい言葉で形容すると、医療機関が7:1から10:1に「階段」を降りようとしても、段差が大きいと踏ん切りが付きにくいため、その段差を緩やかにすることで、10:1への移行を進める選択肢を示したと言える。

その様子は図1下の絵を見ても理解できるであろう。しかも右から左に移る、つまり「階段」を下りることは認められているが、左から右に段階的に移る、つまり「階段」を徐々に上がることは認められていない。やはり7:1基準の病床を圧縮する目的があることは明らかであり、7:1を圧縮するスタンスを維持しつつ、その選択肢を提示することで緩やかに政策誘導しようという意図が見て取れる。

上記の報酬改定に際しては、7:1の基準を巡って紛糾した。具体的には、医療費の抑制を目指したい支払側が7:1の要件について、重症な患者の割合を30%とするよう求めたのに対し、制度改正の影響を緩和したい診療側は25%を主張したことで、議論は平行線が続いた。このため、2018年1月26日の中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、以下は中医協)では外部有識者の公益委員による裁定がなされ、図1のような決着が図られた。
 
3 2018年3月12日『m3.com』における厚生労働省保険局の迫井正深医療課長のインタビュー。
4 2018年4月号『日経ヘルスケア』における迫井氏のインタビュー。
2報酬改定の評価
では、こうした内容をどう評価するべきだろうか。今回の改定では、診療報酬による政策誘導を通じて強引に提供体制を変えようとするのではなく、7:1から「階段」を降りる選択肢を医療機関に示した点は現実に即した改定と言える。

その反動として、「診療報酬の簡素化」を掲げていたにもかかわらず、制度が複雑になって全体像の把握が困難になった点は否めないほか、重症患者に関する成果(アウトカム)指標についても次期改定の宿題として残されたが、今後の人口減少や高齢化を考えると、がんなどを対象とした急性期病床の需要が減るのは確実であり、厚生労働省幹部の表現を用いると「急性期にしがみつかざるを得ない」医療機関の経営行動の変容を促す改定だったと言える。

しかし、ここで意識しなければならないのは地域医療構想との関係である。以下、その点を中心に論じることとしたい。

(2018年05月01日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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