2017年10月27日

地方公会計制度とその改革~その1 地方公会計とは~

神戸 雄堂

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3――地方公会計の特徴:単式簿記と現金主義

図表3は地方公会計と企業会計の違いを比較したものである。当節では、簿記方式と認識基準の違いに焦点を当て、地方公会計の課題を明らかにしたい。
(図表3)地方公会計と企業会計の違い
企業会計では複式簿記・発生主義による会計方式を採用しているのに対して、地方公会計では単式簿記・現金主義による会計方式を採用している。単式簿記・現金主義による会計方式とは、家計簿のように1つの取引を現金の収入・支出という事実に基づいて、収入(収益)と支出(費用)を認識し、現金の変化について単一の勘定において記録する会計である。一方、複式簿記・発生主義による会計方式とは、1つの取引を現金の収支ではなく、資産や負債の増減、収益や費用の発生という事実に基づいて、収益・費用を認識し、原因と結果の双方から二面的に記録する会計である。

例えば、ある地方公共団体が同会計年度において、地方債で調達した資金10億円で道路を建設したとしよう。この場合、単式簿記・現金主義による会計方式と複式簿記・発生主義による会計方式では会計処理にどのような違いが見られるだろうか(図表4)。

地方債による資金調達及び道路の建設について、複式簿記・発生主義による会計方式で記録すれば、現金の増減だけでなく、資産(道路)と負債(地方債)の増加を記録することで現金の増減原因やストック(資産・負債)情報について一体的な把握ができる。しかし、現実の単式簿記・現金主義による会計方式では現金の増減だけを記録し、ストック情報の一体的な把握ができない。道路の建設費についても、複式簿記・発生主義による会計方式では減価償却費を計上し、複数年度にわたって費用を配分できるのに対し、単式簿記・現金主義による会計方式では現金支出の生じた当年度のみで費用を認識し、現金支出を伴わない次年度以降は費用を認識しないため、適切な期間損益計算ができない。
(図表4)会計処理による違い
また、退職給付(退職一時金や退職年金など退職後、職員に給付される退職金。地方公共団体においては退職手当と呼ぶ)の取扱についても同様の違いが見られる。企業会計においては、将来支払義務が生じる退職給付を従業員に対する負債と捉え、将来の給付に向けて現時点で必要な積立額(退職給付債務)とそれに対する不足額(退職給付引当金)を計上している。退職給付は従業員の勤務期間に応じて金額が増えていくため、会計年度内に退職給付引当金(負債)がどれだけ増減したかについて、フローとして退職給付費用(費用)を計上する。ただし、これらは現金の支出を伴わないため、地方公会計では負債の残高もその増減額も認識されない。なお、各地方公共団体は当該年度中に支給した退職手当の実績額については決算上の歳出額に反映しているが、年度中に職員全員が自己都合退職すると仮定した場合の退職手当必要額は決算書には掲載されていない。地方公共団体全体(平成27年度)では前者が約2.1兆円に対して、後者は約18.5兆円にも及んでいる。

このように、単式簿記・現金主義による会計方式のみを前提とした現行の地方公会計制度はストック(資産・負債)情報の一体的な把握と、適切なフロー(収益・費用)情報の把握による期間損益計算ができないという課題を抱えている。
 

4――地方公会計の課題

4――地方公会計の課題

では、ストック情報の一体的な把握と、適切なフロー情報の把握による期間損益計算ができないことで、行政運営においてどのような不都合や問題が生じるのか。それは予算編成において、中長期的な視点が欠けてしまうことである。

予算編成とは、当年度の収入と支出を決定するだけでなく、公共施設への投資や地方債の発行など将来にも影響を与えるプロセスである。地方公共団体が将来にわたって存続するうえで、持続可能な行政運営が不可欠であるが、そのためには本来将来の収入と支出を的確に把握し、現在の収入と支出がどうあるべきかを予算に反映させる必要がある。例えば道路や下水道、学校など我々の日常生活に不可欠な公共インフラや公共施設については、昨今老朽化とその更新費用が問題視されている。限られた財源の中で適切な公共施設マネジメントを実現するためには、各公共施設がどの程度老朽化しており、いつまでに更新が必要で、更新費用がどの程度であるかなどを把握したうえで、現在において支出を削減する、積立を行うといったことを予算に反映し、その財源を確保しなければならない。さもなければ、将来的には必要十分な公共施設が提供されないといった住民サービスの質の低下や、公共施設を提供するための財源を増税もしくは地方債の発行によって賄うことによって財政悪化ひいては財政破綻につながりかねないだろう。現行の地方公会計制度はこのような把握ができないため、近視眼的な予算編成が実施され、我々の日常生活や地方公共団体の存続にも影響を与えかねない。

もちろん、地方公共団体には予算の適正かつ確実な執行が求められており、単式簿記・現金主義による会計方式を採用することで現金の収支という客観的な情報に基づき、恣意性を排除した予算執行の記録をすることができる。この意義については否定されるものではない。しかし、現行の地方公会計制度では効率的で健全な行政運営に支障を及ぼす懸念がある。したがって、地方公会計制度の果たすべき役割を踏まえると、単式簿記・現金主義による会計方式のみを前提とした現行の地方公会計制度では不十分な面があると言えるだろう。

このような状況を踏まえ、総務省は単式簿記・現金主義による会計方式のみを前提とした地方公会計制度の補完として、複式簿記・発生主義による会計方式を併用するための制度改革を漸次進めてきた。次回は、その制度改革の経緯や内容、影響について紹介・解説することとしたい。
 

(参考文献)
宮澤 正泰(2017)『自治体議員が知っておくべき 新地方公会計の基礎知識』第一法規。
有限責任監査法人 トーマツ(2017)『一番やさしい公会計の本(第1次改訂版3刷)』学陽書房。
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(2017年10月27日「基礎研レター」)

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