コラム
2017年10月10日

日本の「ノーベル賞」は続くのか-「底辺」の大きさと「頂点」の高さ

土堤内 昭雄

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先週からノーベル賞の発表が続いた。今年は文学賞に長崎市生まれのカズオ・イシグロ氏(英国籍)が選ばれた。これまで日本の受賞者は25人*、1949年の日本人初となる湯川秀樹氏の物理学賞受賞は、戦後復興期の日本に多大な勇気を与えた。その後、90年代以降の「失われた20年」における日本経済の停滞により日本の国際的プレゼンスは低下したが、2014年から3年連続で自然科学系のノーベル賞受賞者が計6人も輩出されたことは、日本人にとって大きな自信の回復につながったと言えるだろう。

しかし、近年の自然科学系受賞者の多くが『このままでは日本からノーベル賞受賞者は出なくなる』と警鐘を鳴らしている。背景には、国立大学の法人化以降、教員の研究時間が減少して発表論文数が低迷していること、大学の科学技術予算の不足により若手研究者の非正規雇用が進み、研究に専念できる雇用環境や研究サポート体制が不十分なことなどがあるという。ノーベル賞の場合、基礎研究の20~30年後の成果が受賞につながることも多く、若手人材の不在は深刻な課題だ。

先日、安倍首相は『人づくり革命』に2兆円の財源を充てると表明し、幼児教育・保育や大学教育の無償化などが示された。「教育」は未来への投資であり、人生100年時代を迎える日本社会にとってはきわめて重要だ。大学教育をだれもが享受できる社会は、日本の知的水準を高め、生産性の向上にも寄与する。しかし、国民の教育水準を向上する「底辺」の拡大と同時に、世界最高峰の研究成果を目指す「頂点」の高さを追求する研究活動の支援を怠ると、日本からノーベル賞が出なくなる可能性も高い。

次期衆議院選挙では消費税増収分の使途をめぐり激しい論戦が繰り広げられるだろう。返済不要な給付型奨学金の充実や授業料の減免など高等教育の無償化は重要だが、国民に受けのよい施策だけでなく、高度研究機能の強化を図る科学技術予算の増強等を忘れてはならない。また、人生100年時代を生き抜くには就業後の人生の途中段階で改めて高等教育を受け、新たな能力開発を行うリカレント教育の機会を多くの人に保証することも重要だろう。

超一流のアスリートの誕生にはその競技人口の底辺を広げることが不可欠であるように、超一流の研究成果を生むためには国民全体の知的水準を高めることが必要だが、「底辺」を広げれば必ず「頂点」が高くなるわけではない。今後も日本のノーベル賞受賞者が続いて輩出されるには、ナンバーワンを目指す科学技術振興策が重要だ。つねに頂点を極める施策を講じ、学術分野における「底辺」の大きさと「頂点」の高さのバランスを図ることが求められている。
 
 
* 日本国籍時の研究成果により受賞した米国籍のふたりを含む。
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(2017年10月10日「研究員の眼」)

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