2017年04月04日

トランプ政権による保険会社規制への影響について-国内・国外(EU、IAIS)問題への対応-

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5―国際的な監督規制(IAISにおけるICS等の検討)に対する影響

1|IAISにおける検討と米国の対応
現在、IAIS(保険監督者国際機構)においては、国際的な保険監督規制の検討が行われている。資本規制に関しては、G-SIIS(global systemically important insurers:グローバルにシステム上重要な保険会社)のためのBCR(Basic Capital Requirement:基礎的資本要件)やHLA(Higher Loss Absorbency:より高い損失吸収力)等の政策措置や、 IAIGs(Internationally Active Insurance Groups:国際的に活動する保険グループ)のためのICS(Insurance Capital Standard:保険資本基準)の検討等が行われている。

IAISはそれ自体で規制を実施することはできないが、現在、世界中の監督当局に対して政策アジェンダを設定して、検討を進めている。

これらの検討において、米国の規制当局の果たす役割は大きいが、トランプ政権下で、これへの対応がどのような形になっていくのかは注目されることになる。

FRBの Tarullo 理事は、2016年5月にICSに関して、「グローバルに一貫性のある会計基準や評価アプローチや商品の定義が欠如していること等から、私たちが監督する保険会社に適用される資本要件を前方に進めるためのオプションとしては、不十分に開発された。」ことを指摘していた。

米国と欧州の歩み寄りにより、可能な限り整合的な1本化された基準作りが目指されているが、保険業界サイドからも、2016年11月には、AIGを含む5つのグローバル保険会社のグループが、MAV(市場調整評価)とGAAP +(GAAP調整)との間に位置付けられると考えられるICSの評価基準を提案する等、米国とEUの会計の間の妥協点を見つける試みも見られている。

なお、こうしたICSの検討においては、EUのソルベンシーIIに基づくアプローチである市場調整評価アプローチを拒否することについて、連邦と州の規制当局は足並みを揃えている。
2|トランプ政権による影響
ただし、こうした努力も、もしトランプ政権下で、米国の規制当局がIAISの参加にいかなる価値も見出さないと考えるようになった場合、それは無駄な努力になる可能性がある。

ある州の監督官も、「今後12~18カ月でIAISへの熱意と参加が減退すると見ている。」と述べているようである。

州の監督官の観点からは、連邦規制当局からの権限の一部または全部を取り戻すことができれば、IAISでの規制の制定は、優先事項の下位に添えられてしまうことにもなりかねない。FIO、FSOC、FRBの権限が維持される場合でも、Mnuchin財務長官がこの問題をどのように考えるのかに影響を受けることになる。

IAISでのICSの検討が、トランプ氏が唱える「米国を再び偉大にする(Make America Great Again)」という要素を含んでいるのか、それを見つけ出すことが困難だと考えられるとすれば、米国がこの問題に積極的に関与することは期待できないかもしれない。FRBの金融規制担当のTarullo理事の後任が誰になるのかによっても、米国の関与の程度が決まってくることになる。
3|今後の動き
NAICのJulie McPeak氏は2016年11月にIAISの副議長に再選され、FIOとFRBの代表は現在IAISで多くの作業に関与している。州の規制当局とは異なる視野や観点から、物事を判断することが期待されてきた連邦規制当局からの人材の存在は、IAISでの監督規制の検討において、大きな役割を果たしてきたことが想定される。

従って、将来的に米国が国際的な基準の制定に興味関心を無くし、積極的に関与しなくなった場合には、現在行われているグローバルな保険会社の資本基準作成に向けての努力が失敗に終わってしまう可能性も出てくることになる。

なお、こうした規制の検討等においては、今後米国がEUを離脱する英国との連携を深めていく可能性等も指摘されている。ただし、現在のアプローチは米国と英国の両国の間で一致しているわけではなく、これも容易な話ではないと想定される。

いずれにしても、グローバルベースでの基準設定を推進していくことが今後とも必要だとの考え方に立つならば、IAISにおける米国の監督当局の強い関与が引き続き期待されるところとなる。
 

6―まとめ

6―まとめ

以上、トランプ政権によって、保険会社の規制がどのような影響を受ける可能性があるのかについて、主としてドッド・フランク法に関連して、国内及び国外(EU、IAIS)との関係で問題となってくる項目について、その状況を報告してきた。

ドッド・フランク法との関係では、今回触れた項目以外にも、破綻処理、資産運用規制、投資家保護のような保険会社が直接的に影響を受ける項目や、ボルカー・ルールに関係しての債券等の市場流動性への影響やデリバティブ市場の再構築等の間接的な影響も考えられることになる。これらに関係する規制の見直しが今後どのような形で進んでいくことになるのかも注目されるところである。
1|各種の規制見直しの実現に向けて
いずれにしても、トランプ政権がこれまでオバマ政権下で進められてきた規制改革の方向性を大きく見直すことは、一朝一夕でできるような簡単なことではない。今回のオバマケアの見直しを巡る動きに見られるように、各種の利害関係者の思惑が対立して、必要な調整も発生してくることから、規制見直しを推進していくためには時間がかかることが想定されることになる。

ドッド・フランク法自体がかなり複雑なものであり、どのような項目について、どのような規則をどのような形で修正ないしは廃止していくのかについて、ドッド・フランク法を熟知したスタッフが立案していく必要がある。

これから、新たに導入しようとしている規制に関しては、その検討をストップさせることで対応できるのかもしれないが、これまでに導入された規制の中には、既に一定程度定着して、金融機関もそれに対応したビジネスモデルの変更を決断して、そのための多額の投資を行っているケースもあるかもしれない。その場合には、そうした規制を廃止すること自体が、金融機関にとって大きな負担になるものもあるかもしれない。

さらには、ドッド・フランク法が進めてきた金融規制改革は、米国だけでなく、他の管轄地域においても、同様の取組みが行われてきており、米国のみがこれに逆行する形に動くことは、米国の制度への信頼を揺るがせることにもなりかねないリスクを抱えることになる。こうした点も考慮に入れて、見直しを進めていく必要があることになる。

ただし、いずれにしても、基本的な流れとしては、規制緩和、米国第一、国内優先等というトランプ政権の方針に基づいて、これまでの規制強化やグローバル化の中で進められてきた各種の改革を見直すということである。行き過ぎた動きにストップをかけることは必要なことであり、その意味では今回のトランプ政権の主張は連邦主導による新たな監督規制のあり方を再考するよい機会だと考えられるのかもしれない。今後、保険監督規制の目的と意義を再確認した上で、あるべき規制の方向性が目指されていくことを期待したい。
2|連邦規制当局の権限軽減の影響
なお、ここまで述べてきたように、現在の米国の保険会社に関する規制問題については、連邦対州、連邦対保険会社という対立構造がベースにある。

今後、トランプ政権下で連邦の監督権限の軽減が図られていけば、州の保険監督官の権限が復活してくることになる。実は、各州の保険監督官の考え方は必ずしも統一されたものではない。各州の保険監督官は、直接選挙によって選ばれたり、州知事によって任命されたりするので、政治的にも必ずしも中立とは言えない状況になっている。

代表的な州であるニューヨーク州とカリフォルニア州は民主党の地盤であり、ニューヨーク州監督官であるMario Vullo氏は民主党知事の Andrew Cuomo氏によって任命されており、カリフォルニア州監督官は、直接選出された民主党議員であるDavid Jones氏である。

仮に、トランプ政権がドッド・フランク法の大幅な見直しで、連邦ベースでの規制緩和を進めたとしても、これらの民主党基盤の州では、充実したスタッフを有して、自主的に規制を検討していくことができることから、連邦ベースでの規制の検討を一定引き継いでいくことも考えられることになる。

一方で、こうした体力のない、又は共和党よりの監督官の州においては、異なるアプローチが取られていくことになるものと思われる。

その意味では、今後は、現在も一定程度存在している州と州の間の監督上のアプローチの差異が、これまで以上により一層浮き彫りになってくるかもしれない。保険会社はこれに対応した戦略が求められてくることになる。
3|保険会社間の利害対立の顕在化
一方で、カバード・アグリーメントを巡る反応に見られるように、グローバルな保険会社と国内保険会社との意見の対立等も見られている。

グローバルな保険会社に対しては、既にIAISが定めた考え方に基づいた規制が導入されてきている。これらの会社は、既にそれを前提とした対応を進めてきたことから、今後の大きな方向転換は望ましいものではないかもしれない。一方で、それらの規制の対象が拡大して、将来的にその影響を受ける可能性がある、グローバルベースで活動していない保険会社や中小の保険会社等にとっては、それらの規制導入が進展していくことは必ずしも望ましいものではないかもしれない。

グローバル化が進展し、各社の戦略が多様化していけば、当然に各社の戦略等に応じた各種の規制に対するスタンス等も異なってくることにならざるを得ない。保険会社の規模だけでなく、その性格付けに応じた適正な規制が設定されていくことが望まれることになる。

どこの世界でも、権限や利害を巡る思惑の違いによるコンフリクトは発生するものであるが、保険会社の規制においては、保険会社の健全性の確保を通じた契約者保護を確実なものにするために、本来的にあるべき監督・規制のあり方がどのようなものであるかをしっかりと検討した上で、必要な見直しが行われていくことを是非期待したいものである。

トランプ政権下での保険会社の規制が、どのような形で検討が進められ、どのような形で見直されていくのかについては、その動向が、米国だけでなく、世界の保険会社に対する規制を巡る動向に少なからぬ影響を与えることが想定される。世界の保険業界の関係者が大きな関心を寄せている事項であることから、今後も引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2017年04月04日「基礎研レポート」)

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