2017年04月04日

トランプ政権による保険会社規制への影響について-国内・国外(EU、IAIS)問題への対応-

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4―EUとの再保険規制を巡る交渉(カバード・アグリーメント)に対する影響

1|カバード・アグリーメントを巡る現状
米国とEUの間の再保険規制に関するカバード・アグリーメントについては、2017年1月13日に、ECやFIO及びUSTRとの間で合意がなされた後、米国の議会等での議論が行われている。

NAICは「消費者保護が州法の優先権の侵害によって妥協されないように、協定の徹底的な見直しを調整しており、我々は議会に対して、同じことをすることを奨励している。」と述べていた。州の保険監督官は、トランプ政権の誕生はカバード・アグリーメントの必要性の再検討と消費者保護の観点からの規制のあり方を主張する絶好の機会を与えるものである、と考えている。
2|トランプ政権での見直しの視点
トランプ政権は、「アメリカ・ファースト(America First)」を掲げており、こうした観点からは、今回のカバード・アグリーメントが米国の保険会社に有利な状況になっているのかが、重要な判断基準になる。

法律事務所のEversheds SutherlandがそのWeb サイトで公表している資料4によれば、カバード・アグリーメント以前においては、米国におけるEU企業に対する障壁は比較的低かったのに対して、一部のEU加盟国(特にドイツ、ベルギー、オーストリア、ポーランド及びそれよりも少ない程度で英国)は、欧州で活動している米国企業に大きな障壁を設定していた、としている。

さらに、今回の合意により、保険契約者をより危険にさらしていると見られていた外国再保険会社の信用力を検証することなく、300億ドルから400億ドルと言われている再保険業者の担保が米国市場からリリースされることになる、と言われている。

プロビジネス(pro-business)かどうかという視点から考えた場合、今回のカバード・アグリーメントは、(欧州で事業展開している)グローバルに活躍する(再)保険会社にとっては、欧州での各種障壁の撤廃につながることからメリットがあるが、(欧州で事業展開していない)大多数の国内保険会社にとっては、再保険担保を失うことになり、デメリットのみが目立つことになる。国内企業を優先する考え方からは、今回のカバード・アグリーメントはネガティブなものとなる。

こうした点を考慮して、今後どのような判断が行われていくのかが注目されることになる。
3|議会での議論
2月16日に、下院金融サービス委員会の住宅・保険小委員会において「EUと米国のカバード・アグリーメントの評価」と呼ばれる公聴会が開催された。ここでは、(1)カバード・アグリーメントが州ベースの保険監督制度を先取りしているのかどうか、(2)カバード・アグリーメントはEUに対して米国に対する優位性を与えているのかどうか、(3)州の保険監督官等が十分に関与していたのかどうか等のいくつかの主要論点について、4人の証人からの証言を求めた。4人は、Michael McRaith氏(元FIOディレクター)、Ted Nickel氏(ウィスコンシン州の保険コミッショナーでNAICの会長)、Leigh Ann Pusey氏(AIA(American Insurance Association:米国保険協会)の会長兼CEO)、Chuck Chamness氏(NAMIC(National Association of Mutual Insurance Companies:全米相互保険会社協会)の会長兼CEO)である。

先のEversheds Sutherlandの資料等によれば、その内容は以下の通りであった。

まずは、カバード・アグリーメントについては、McRaith氏とPusey氏は支持していたのに対し、Nickel氏とChamness氏は反対していた。

Pusey氏は、合意がなければ、EU​​内で活動する米国の保険会社は、米国の親会社にソルベンシーIIを強制されることになり、再保険会社はEU内に実際にプレゼンスを有することを義務付けられることになる、と述べた。McRaith氏は、今回の成果により、欧州における米国業界のコンプライアンス費用数十億ドルが節約される、と述べた。

公聴会では、米国がソルベンシーII目的のための同等性評価の承認を受けていない、ことが批判された。Nickel氏は、今回の合意は「猶予期間の一形態」でしかなく、規定された規制からの限定的な救済を提供するが、救済が取り消される可能性がある継続的な脅威の下に置かれている、と述べた。一方で McRaith氏は、カバード・アグリーメントを「相互尊重の合意」と述べ、お互いの監督方式が認められた形になっている、と述べた。

McRaith氏とPusey氏は、今回のカバード・アグリーメントは、州による規制の優位性を損なうのではなくむしろ強化するものであり、国際的な合意において米国の「州レベルでの保険監督制度」 が初めて認識された、と強調した。さらに、McRaith氏は、改訂された再保険モデル法や規則の下で既に米国以外の保険会社の担保減額が行われてきているため、合意のトレードオフは米国に公平であると主張した。

Sean Duffy委員長は、委員会はいまだに一定の条項についての幾分かの明確性を必要としており、合意の更なるレビューにおいて協働していくことを期待している、と述べて、公聴会を終えた。
4|今後の手続き
FIO法は、カバード・アグリーメントは、協定の写しが一定の列挙された議会の委員会に提出された日から90日後に発効することを規定している。この提出は、カバード・アグリーメント締結の発表時の2017年1月13日に行われている。カバード・アグリーメントそれ自体は、締約国がそれぞれの内部要件と手続を完了したことを証明する書面通知を締結した日から、または締約国が同意する他の日の7日後、に効力を生じると規定されている。EUに関しては、そのような内部要件及び手続には、欧州理事会及び欧州議会によるカバード・アグリーメントの承認が必要とされている。

米国議会は、上下両議会が合意し、大統領が署名した通常の法律を除いて、取引を無効にする法的資格はない。住宅・保険小委員会においても、Ed Royce氏が、カバード・アグリーメントを交渉する権限(のFIO等への付与)は、議会で議論され、超党派ベースで支持された、ということをリマインドさせていた。

カバード・アグリーメントがこのまま進んでいく場合、州の保険監督当局は、NAIC内で調整を行い、州規制の連邦政府による優先権を回避するために、カバード・アグリーメントを迅速に実施するよう州法を改訂していくことが求められることになる。同様に、EU加盟国は、カバード・アグリーメントの目的に適合しない範囲で、ソルベンシーIIの実施法、規則、手続を改訂する必要がある。
5|NAICの反応
カバード・アグリーメント締結のリリースがされた直後に、NAIC会長のTed Nickel氏は、「私たちは、1年以上の秘密会議の後、現行政権が終わろうとしている時に、最終的に、米国とEUの間で合意されたカバード・アグリーメントが何を意味するのかの詳細を目の当たりにしている、ことに失望している。」と述べる等、批判的なスタンスを表明した。

2月16日の下院金融サービス委員会の住宅・保険小委員会の公聴会の後にも、プレス・リリースを行って、以下の懸念と提案を行った。

「NAICは、一部のEU管轄区域が米国の保険会社に課している異種の取扱いに非常に懸念を有しており、この重要な問題に取り組むために、議会と政府と協力することにコミットしている。」

「カバード・アグリーメントは、これらの問題を解決する1つの方法であるのに対して、我々はこれに反対している。我々は、議会と政府に、これらの問題を最終的に解決し、米国の消費者、保険会社、州の規制システムをよりよく保護する合意に達するために、州の直接の関与を得て、早急にEUとの交渉を再開することを要請する。」

「州規制当局は、重要な州監督当局のインプットとその草案作成と実行における透明性を含み、そして条件と最終性に曖昧さがない、長期にわたりテストされた米国の保険規制システムの明確で永続的な相互承認を達成する合意を支持することができる。」

「保険監督当局の全面的な参加により、退陣間近でない政権が率いる、より良くより透明なプロセスを用いた協定の再交渉は、米国にとってよりよい結果につながるだろう。」

さらに、3月16日には、Mnuchin財務長官宛にレターを送って、2月16日の公聴会におけるMcRaith氏の主張に対する異論を述べるとともに、

「(2017年1月13日に議会に提出されたカバード・アグリーメントについては)現在と当時の政府職員、保険監督者、業界に、実施される義務の性格、獲得された意図されたメリット、なされた譲歩に関する重大な混乱があることが明らかになった。」

「州の保険監督当局がカバード・アグリーメントの殆どの部分を実行する責任を負うので、私たちはあなたが、EUに、カバード・アグリーメントの多くの条項の解釈と適用に関して、書面による確認を求めるよう約束することを、誠意をもって要請する。そのような明確化は、カバード・アグリーメントが米国保険部門にとって最善の利益であるかどうかを完全に評価するだけでなく、実施がそれを交渉したものの意図と整合的なものであることを確実にするために必要である。私たちは、EUとの生産的な対話を確実にするのを支援するために、あなたの部署に専門的な支援を提供することを喜ばしく思う。」

「このカバード・アグリーメントの条項および運営に関する意見の重要な相違は、EUとの正式な書簡の交換を通じて、最低限、その条項の正式な明確化と確認を行うことを必要としている。このような保証が無い中で、我々は、我々の業界がEUにおける事業活動を取り巻く確実性を受けることなく、州が、EUとその保険業界の利益につながる保険法、規制、手続を大幅に変更する見通しについては、深く懸念しているので、正式に交渉を再開することを強くお勧めする。」

と述べている。

このように、NAICは、カバード・アグリーメントを巡る問題については、引き続き否定的なスタンスを貫く一方で、今後の必要な検討への協力を惜しまない姿勢を示している。
6|議会公聴会後の動き
米国下院金融サービス委員会の住宅・保険小委員会の公聴会の後、2月24日のレター5で、Sean Duffy委員長とDennis Ross副委員長は、Mnuchin財務長官に対して、カバード・アグリーメントに関する10個の項目について明確にすることを求めた。これには、(1)政権が、オバマ政権がそうすることができた最後の日に議会に提出した契約を再交渉することを意図しているかどうか、 (2)政権が、協定の側面を明確にするために欧州委員会との副書簡を求めるかどうか、 (3)州の措置がどのような条件下で連邦規則によって優先される可能性があるか、等が含まれていた。

これに対して、Luke Ballman財務省副大臣補佐官は、3月16日のレターで「合意書にサインするための米国による最後の決定に先立って、財務長官は、USTRと協力している財務省のスタッフに、あなたとあなたのスタッフを含む主要な利害関係者との関与を継続して、同協定の影響を受ける可能性のある関係者の考え方や質問を理解するように指示した。」と応えたが、10個の質問のいずれについても回答しなかった。
7|トランプ政権の対応
このように、財務省、従ってトランプ政権は、3月28日の段階で、カバード・アグリーメントが発効することを認めるべきかどうかについての立場を明確にしておらず、何らのコミットメントもしていない。そもそも、この件がドッド・フランク法の見直しの一部になるのかどうかについても不透明な状況にある。

今後、財務省が、議会からの質問に対して、何らかの具体的な回答をするのか、さらには、財務省からの回答が得られていない状況下で、議会がどのような判断を下すのかも明確ではない。

いずれにしても、財務省や議会が今後、何らの措置も講じなければ、カバード・アグリーメントは4月には発効していくことになる。ただし、カバード・アグリーメントは、コンサルテーション手続きの後、書面による180日前の通知により、いつでも終了することができる、とされており、今回発効したとしても、将来的に見直される可能性も有している。

今回の対応は、EUとの信頼関係にも大きく影響を与えてくるものであるが、仮に発効したとしても引き続き不透明な状況が継続することが想定されることになる。
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中村 亮一

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