2017年04月04日

トランプ政権による保険会社規制への影響について-国内・国外(EU、IAIS)問題への対応-

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1―はじめに

トランプ政権が誕生して、2ヶ月余りが過ぎて、税制改革等、トランプ大統領が公約として掲げていた項目が、今後どのような形で進んでいくのかが大変注目されている。金融機関の中の保険会社に関わる項目だけを見ても、オバマケア(医療保険制度改革法)の見直しが医療保険会社に与える影響だけでなく、ドッド・フランク法(金融規制改革法)の見直しによる金融規制の改廃・緩和が与える影響が大きな関心を呼んでいる。

トランプ氏が大統領選挙に勝利した昨年の11月以降、トランプ政権への期待から、株式市場は好調で、債券の利回りも上昇してきた。こうした市場の動き自体は、保険会社の業績にプラスに働くことになると考えられている。ただし、3月下旬のオバマケア代替法案の撤回により、トランプ大統領の政策実行力への不透明性や懸念が高まったこともあり、最近は株式市場が低迷し、債券利回りも低下してきている。

ドッド・フランク法の見直しに関しては、規制強化の動きに歯止めがかかるということで、基本的には保険業界には歓迎されているが、その内容や長期的な影響等を含めて不透明な要素が多い、と思われる。

今回のレポートでは、トランプ政権によって、保険会社に対する規制がどのような影響を受ける可能性があるのかについて、主としてドッド・フランク法に関連して、国内及び国外(EU、IAIS)との関係で問題となってくる項目について、その状況を報告する。
 

2―全体的な状況

2―全体的な状況

1|連邦による規制の導入
ドッド・フランク法の成立以前の保険会社に対する規制は、各州の保険監督官によって行われてきた。各州の保険監督官の集まりであるNAIC(全米保険監督官協会)が結成され、ここで全米的な規制関係の問題等が議論され、モデル法やモデル規制が作成された。各州はこれらのモデル法等に基づいて、自らの州の法律や規制を制定することで、州毎の独立性を保ちつつも、国全体では一定程度整合性が図られる形が保たれてきた。NAICは結成以来150年近くを迎えているが、多くの州ベースの規制はそれ以前から行われてきており、こうした枠組みが、2008年の金融危機まで続けられていた。

しかし、金融危機によるAIG問題の発生等を契機として、大規模な救済策が取られ、銀行と保険会社に対するシステミックな失敗があったと認識されると、2010年にドッド・フランク法(ドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法;Dodd–Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)が制定された。これにより、連邦内にFIO(Federal Insurance Office:連邦保険局)が設立され、FRB(Federal Reserve Board:連邦準備制度理事会)に、保険会社の規制に関する権限が与えられた。また、財務長官が議長を務めるFSOC(Financial Stability Oversight Council:金融安定監督評議会)が創設され、一部の保険会社がノンバンク金融機関でありながら、SIFI(Systemically Important Financial Institutions:システム上重要な金融機関)に指定され、より高い資本と連邦政府のストレステストへの参加を要求されることとなった。
2|連邦による規制を巡るこれまでの動き
新しい連邦権限の下では、これまで、連邦規制当局が関与する形で、例えば、保険会社に対して、以下の規制の導入や検討等が行われてきている。

(1)SIFI指定
FSOCは、2013年にAIG、Prudentialを、2014年にMetLifeを、ノンバンクでありながら、SIFIに指定した。

これに対して、MetLifeはこの決定を不服として、裁判所に訴え、その結果として、2016年3月のワシントンのコロンビア特別管区連邦地方裁判所の判断を受けて、その指定が解除された形になっている。ただし、連邦はこの決定を不服として上訴している。

(2)グループ資本規制
FRBは2016年6月に、連邦の監督下にある保険会社1に対するグループ資本規制についてのアプローチ等の提案を行った。その具体的な内容については、基礎研レポート「米国における連邦による保険資本規制-FRBが金融システムの安定上重要な保険会社等に対する資本規制のアプローチ等を公表-」(2016.6.14)で報告している。

ここでの提案は、概念フレームワークが中心で、具体的な定量水準等については含まれていない。

(3)再保険規制に関するEUとの交渉-カバード・アグリーメント-
米国とEUの間の再保険規制を巡る交渉においては、カバード・アグリーメント(Covered Agreement)の締結が目指されていたが、2017年1月13日に、このカバード・アグリーメントが締結された、という声明が、EC(欧州委員会)やFIO及びUSTR(米国通商代表部)から公表された。

これを巡る動向についても、一連の保険・年金フォーカス「EUソルベンシーIIの動向-各国の保険監督制度の同等性評価を巡る最近の動きはどうなっているのか-」(2016.5.24)、「EUと米国の間の再保険規制を巡る交渉の状況はどうなっているのか-カバード・アグリーメントを巡る状況-」(2016.12.26)、「EUと米国の間の再保険規制を巡る交渉はどうなったのか-カバード・アグリーメントをついに締結へ-」(2017.1.17)において、報告してきた。

(4)IAISによるICS等の開発
現在、IAIS(保険監督者国際機構)は、保険会社に対する国際的な資本規制であるICS(Insurance Capital Standard:保険資本基準)等の開発を進めているが、これにはFRBのTarullo理事が金融規制担当として関わってきた。

現在、ICSのVersion1の作成に向けての取組みが行われているところであるが、米国が主張するGAAP調整方式と欧州が主張する市場調整評価方式の2つの方式が並存する形になっている。

なお、Tarullo理事は、任期途中で4月に辞任する予定であり、後任の人事では、規制緩和派が担当するのではないかと想定されている。政権の金融規制に対するスタンスの変化が各種方面に及ぼす影響がいろいろな思惑を呼んでくることになる。
 
1 (1)SIFIに指定された保険会社、(2)保険活動に有意に従事している預貯金取扱金融機関持株会社(Insurance Depository Institution Holding Companies)
3|トランプ政権によるドッド・フランク法の見直し
トランプ政権は、オバマ政権下で2010年に成立したドッド・フランク法の抜本的な見直しを表明してきていたが、2月3日にトランプ大統領は、ドッド・フランク法の改廃を命じる大統領令に署名した。

その具体的な内容がどのような形になるのかについては、現段階では明確でない。ドッド・フランク法が廃止され、米国の保険会社が連邦による監督・規制から完全に免れられることは難しいかもしれない。ただし、ドッド・フランク法が廃止あるいは大幅に改正されなかったとしても、FIO、FSOC及びFRBの金融規制に対するアプローチは、トランプ政権下では、これまでのオバマ政権下とは大きく異なってくる可能性が高い、と想定されている。

大統領令については、NEC(National Economic Council:国家経済会議)のGary Cohn委員長とSteve Mnuchin財務長官によってその執行が担われていくことになるが、両者がゴールドマン・サックスの出身であることから、規制緩和が進められていくことが期待されている。
4|トランプ政権誕生を踏まえての関係者の動き
トランプ政権下では、SIFI指定、連邦によるグループ資本規制、EUと米国の間のカバード・アグリーメント、IAISにおけるICS等の国際資本規制に対する米国の熱意が低下していくのではないかと言われているが、それは各州の保険監督官や多くの保険会社にとって望まれる方向と考えられている。

州の保険監督官は、今回のトランプ大統領の誕生を好機と捉えて、ここ数年で、連邦当局の手に委ねられてきた権力を取り戻すために、政府を最大限に活用することを計画している。州の保険監督官は、州による保険監督は150年に及ぶ経験があるのに対して、FIOによる監督はわずか数年程度の経験しかなく、ドッド・フランク法による新たな監督体制による実験は失敗している、と主張したいと考えているようである。
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中村 亮一

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