2017年03月30日

エンゲル係数の上昇を考える

櫨(はじ) 浩一

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図表6 有業者数と世帯人員数の推移 3共働き世帯増加の影響
調理食品や外食の増加という食生活の変化である家事の外部化をもたらした大きな原因は、夫婦がともに仕事をもっている世帯が増えたことだ。全世帯(農林漁家世帯を除く二人以上世帯)の有業者数は、高齢で無職となった世帯主の割合が高まったため、1963年の1.65人から2016年には1.33人に減少している(図表6)。しかし、世帯主が現役で働いている勤労者世帯(農林漁家世帯を除く)を見れば、逆に1,54人から1.74人へと増加していて、夫婦がともに仕事を持っている世帯の割合が高まっていることが分かる。
図表7 有業人員の差による比較 夫婦共働き世帯は、家事時間を節約するために加工食品や外食費が多くなり食費が多くなるが、こうした世帯の割合が上昇したことがエンゲル係数の上昇の原因とは言い難い。全国消費実態調査(2014年)で有業人員が一人の世帯と二人の世帯を比べてみると、有業者数が二人の世帯の方が、食料の中で調理食品や外食に対する支出の割合が高く、食費も多くなっている(図表7)。

しかし、有業人員二人の世帯の方が所得水準は高く消費全体の金額も多いために、エンゲル係数は有業人員一人の世帯では24.1%であるのに対して、二人の世帯では23.5%と低い。有業人員二人の世帯の方が、持ち家率が高く家賃・地代への支出が少ない。有業人員二人の世帯では消費支出の一部である家賃・地代の代わりに、消費支出には表れない住宅ローンの返済支出があって住居関連消費支出が少なく見えることを考慮すると、エンゲル係数で見る以上に食料への支出割合は低いと言えるだろう。女性の社会進出が進んだことで食費は増加したが、これがエンゲル係数の上昇要因となったとは言えないと考える。
 

3――近年の急上昇の理由

3――近年の急上昇の理由

1人口構造では説明できない上昇速度
第二次世界大戦直後に生まれた団塊の世代は、2012年に65歳に達し始めて労働市場から引退しつつあり、このため労働市場では需給がひっ迫し、有効求人倍率の上昇と失業率の低下が起こっている。しかし、家計調査の世帯分布では無職世帯は2012年の32.0%から2016年に34.1%に上昇したものの、2012年以降に構成比の上昇が加速しているようには見えない(前出図表3)。

家計調査(農林漁家世帯を除く)の平均世帯人員数は、1963年の4.33から2016年には2.99人に低下しており(前出図表6)、世帯規模の縮小が著しい。世帯人員の減少は子供の数が少なくなったということだけではなく、世帯主年齢の上昇によって子供が独立した後に高齢の夫婦のみとなった世帯の増加も原因であるため、これによってエンゲル係数がどちらの方向に影響を受けているのかは、はっきりしない。

人口構造面の要因がエンゲル係数を急速に上昇させたとは考えにくく他の要因が大きいと考えられる。このことは、エンゲル係数の2010年前後から2016年の間の動きを見ると、世帯主年齢層が30歳台、40歳台、50歳台でも上昇していることからも裏付けられる。世帯主の年齢構成がより高齢者側にシフトしていることによる影響という長期的な変化に加えて、全ての年齢層でエンゲル係数の上昇が起こったことが全体としての上昇を加速した。
2食料の価格上昇
世帯規模が縮小傾向にあるために2000年以降家計の消費支出全体が減少傾向を辿っている。世帯人員の変化を補正するため、ここでは一人当たりの支出額を見てみた(図表8)。2013年以降、消費支出全体はほぼ横ばいの水準に留まっているのに対して、食料への支出金額が急速に増加しており、食料への支出の急速な増加が近年のエンゲル係数の上昇をもたらした原因であることが分かる。
図表8 1人当たり支出額の推移 これは、2014年以降は食料の物価上昇率は消費支出全体(持ち家の帰属家賃を除く総合)の上昇率をかなり上回っている(図表9)ため、家計が食料への実質的な支出水準を維持しようとした結果だと見られる。2000年代に入ってからの消費者物価上昇率は、食料が消費支出全体の物価上昇率(持ち家の帰属家賃を除く総合)の平均を多くの年で上回っており、エンゲル係数の上昇は消費支出全体の物価上昇に比べて、食料の価格上昇が大きかったことが大きな原因となっていると考えられる。

2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことはこの一つの原因だ。食料品には消費税が課税されるが、消費支出全体には医療費や地代・家賃、学校の授業料など消費税の非課税品目が含まれている。このため、消費税率の引き上げによる消費者物価(帰属家賃を除く総合)への影響は食料への影響を下回ることになったからだ。
図9 物価上昇率の推移 また、2012年末ころから急速に進んだ為替レートの大幅な円安で、輸入原材料の価格上昇を通じて食料の価格上昇が起こったが、サービス価格など国内要因で決まるものの価格上昇は緩やかだったことも食料の物価上昇率を消費全体よりも高いものとした原因と考えられる。また、2014年夏ごろから原油価格が大幅に下落したことからエネルギー価格が低下し、全体の物価上昇を抑制することとなったことも食料との物価上昇率の差を生んでいる。
3費目別にみた消費の動き
エンゲル係数が上昇していることには、食料以外の費目への支出に関する様々な要因も影響している。
図表10 一人当たり実質支出 家計の一人当たり支出金額を実質化して2000年を100としてみると、実質支出が増加傾向にある費目は、家具家事用品、保健医療、交通・通信、教養娯楽の4つだ(図表10)。食料、光熱水道、住居、消費支出全体は概ね横ばい圏だが、教育、被服及び履物は世帯人員数を調整しても減少傾向が見て取れる。(その他の消費支出はここでは分析対象としなかった)

教育に対する支出は、世帯全体の規模ではなく「世帯人員数マイナス2」を子供数とみなして人数の修正を行なうと実質で増加しており、家計はむしろ支出を増やしていると見ることができる。被服及び履物の減少は大幅だが、世帯主年齢が60歳以上の世帯では消費支出に占める被服及び履物の割合が低く、世帯主年齢の高い世帯の割合が高まっていることが原因だ。
 
2012年以降短期的には住居がやや大きな減少を示しているが、持ち家世帯の割合は、2000年の78.1%から2016年には84.9%に高まっている。2012年以降は持ち家率の上昇速度が若干速まったことも、ここ数年の住居の支出が世帯人員や物価上昇率を考慮しても縮小したことの原因とみられる。
 

おわりに

おわりに

エンゲル係数は家計の余裕度を見るには便利な指標だが、本来は同じ時点で類似の世帯を比較するためのものである。このため世帯構成が変化していく中で日本の家計全体の変化を判断する指標として利用するためには注意が必要である。長期的に日本の家計全体のエンゲル係数が低下から上昇に転じたことには、実質所得の伸びが鈍化する中で、高齢化によってエンゲル係数の高い高齢者の世帯が増加したことが大きな原因だ。日本の人口高齢化は今後も続くため、世帯主年齢の高い世帯の割合はさらに上昇すると予想され、エンゲル係数には上昇圧力が加わり続けることになるはずだ。こうした変化は必ずしも家計の余裕度低下と考えるべきものではないだろう。

一方、最近の短期的なエンゲル係数の上昇は、食料と消費支出全体の物価上昇速度の差によるものだ。日本経済がデフレから脱却する過程で、賃金上昇よりも先に食料などの生活必需品の価格上昇が起こる場合には、エンゲル係数の上昇が続く可能性が高い。過去はこうした状況は長期間は続かずエンゲル係数の持続的上昇の要因にはならなかったが、今後賃金上昇率が高まらなければ消費の足かせとなる恐れがあるだろう。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野

(2017年03月30日「基礎研レポート」)

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