コラム
2017年03月28日

エジプト文明とナイル河-20世紀は千年後にどう評価されるのか?

  土堤内 昭雄

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古代文明の誕生・発展は大河との関係が深い。河は人の往来や交易を活発にし、肥沃な大地をつくり、農作物を育てるからだ。エジプト文明もナイル河の存在抜きには語れない。4500年も前にカイロ近郊のギザにはクフ王をはじめとした巨大なピラミッドがつくられ、ナイル河に沿っては多くの古代遺跡が点在する。ルクソールのカルナック神殿やエドフのホルス神殿など、とても2千年から3千年以上前につくられたとは思えないほど、当時の姿を鮮やかにとどめている。

カイロからナイル河を千キロ以上遡ったナセル湖のほとりには、アブ・シンベル神殿がそびえ立つ。今から3300年前にラムセス2世が、太陽神を祀った大神殿と最愛の王妃ネフェルタリのための小神殿をつくった。岩山を削った岩窟神殿で、内部は色鮮やかな壁画やレリーフで覆われている。年に2回、神殿奥の至聖所の4体の像のうち3体に太陽の光が差し込むのだという。

ナイル河の氾濫に翻弄され続けたエジプトだが、1970年に幅3600メートル、高さ111メートルの巨大なアスワン・ハイ・ダムを完成させた。その結果、全長500キロにも及ぶ人造湖・ナセル湖が誕生し、ダム上流の多くのヌビア古代遺跡群が水没する危機に瀕した。ナイル河畔にあるアブ・シンベル神殿は水没を避けるため、1968年にユネスコの手で約60メートル高い丘の上に移設されたのである。

移設方法は、高台にコンクリート製のドームを築き、その上に人工の岩山を構築し、元の岩窟神殿を千あまりのブロックに切断してドーム内部に復元するというものだった。3千年前の神殿の姿には感動を覚える。しかし、岩窟神殿は神殿を掘った岩山やナイル河畔の立地と不可分であっただけに、そのまま現状を保存する選択肢はなかったのだろうか。

当時のアスワン・ハイ・ダムによる灌漑や電力の必要性はよくわかるが、巨大ダム建設による水没を回避するために、3千年以上の歴史を持つ文化遺産を解体・復元した移設には疑問を感じる。現在ではダム建設の後遺症として上流側の異常気象や下流側の土壌の塩害なども生じているという。千年後の人々は、20世紀の人間の決断と行動をどのように評価するだろうか。

5千年に及ぶエジプトの歴史に想いを馳せる時、人間が想定すべき時間軸はどのくらいかと思う。『歴史は未来をみる鏡』とよく言われるが、大河が育んだ古代文明を継承・発展させて行くためには、千年単位で未来を展望し、大河とともに賢く生きることが必要だ。現代の地球温暖化や原子力発電について考える時、「千年後にどう評価されるのか?」ということを常に肝に銘じておきたいと思う。
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(2017年03月28日「研究員の眼」)

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