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- 「保険」という用語の起源-「うけあい」から「ほけん」へ
2017年01月19日
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1――はじめに
わが国に保険という概念が紹介されたのは、小稿「オランダの保険監督と販売動向」1で述べたとおり、1816年に編纂された日本で最初のオランダ語の辞典のひとつである「ドゥーフ・ハルマ」(道訳法児馬、通称長崎ハルマ)での保険に関する用語である。
同辞典では、”Verzekeren” (「保障する」の意味。名詞の”Verzekering”は「保険」)が、「物ヲ運送スルニ世話料ヲ取リテ海上ノ難ヲ請合フ」と訳されている2。
また、わが国にはじめて保険制度を本格的に紹介したのは、福沢諭吉『西洋旅案内』(1867年)で 、同書では、「災難請合の事 イシュアランス」として、「人の生涯を請負ふ事」(生命保険や年金)、「火災請合」(火災保険)、「海上請合」(海上保険)など、相互扶助制度としての保険の効用が詳細に示されている3。
このように、江戸時代から明治の初めまでは保険という用語は使用されておらず、「請合」(読み方はうけあい)という用語が使用されていた。
一方、ドイツ人宣教師が著した英華字典でinsuranceに保険という訳語が取り入れられ、この中国での訳語から明治初年に「保険」という用語がわが国に初めて見られるようになった。
次第に「保険」(読み方はうけあい)とされるようになり、さらに読み方も「保険」(ほけん)となったものである4。
本稿では、こうした保険という用語の起源について紹介することとしたい。
同辞典では、”Verzekeren” (「保障する」の意味。名詞の”Verzekering”は「保険」)が、「物ヲ運送スルニ世話料ヲ取リテ海上ノ難ヲ請合フ」と訳されている2。
また、わが国にはじめて保険制度を本格的に紹介したのは、福沢諭吉『西洋旅案内』(1867年)で 、同書では、「災難請合の事 イシュアランス」として、「人の生涯を請負ふ事」(生命保険や年金)、「火災請合」(火災保険)、「海上請合」(海上保険)など、相互扶助制度としての保険の効用が詳細に示されている3。
このように、江戸時代から明治の初めまでは保険という用語は使用されておらず、「請合」(読み方はうけあい)という用語が使用されていた。
一方、ドイツ人宣教師が著した英華字典でinsuranceに保険という訳語が取り入れられ、この中国での訳語から明治初年に「保険」という用語がわが国に初めて見られるようになった。
次第に「保険」(読み方はうけあい)とされるようになり、さらに読み方も「保険」(ほけん)となったものである4。
本稿では、こうした保険という用語の起源について紹介することとしたい。
1 「オランダの保険監督と販売動向-わが国にはじめて保険の概念をもたらした国の保険事情」『保険・年金フォーカス』、ニッセイ基礎研究所、2015年3月。
2 『明治大正保険資料』第1巻1~2ページ、生命保険会社協会、1934年8月、田村祐一郎「オランダ人と保険-保険の来航(1)」『文研論集』、生命保険文化研究所、1997年12月。
3 福沢諭吉『西洋旅案内 巻之下』、近代デジタルライブラリー、国立国会図書館ホームページ(1873年5月に慶応義塾出版局より第二版として出版されたもの)。
4 吉武好孝『翻訳事始』55~56ページ、早川書房、1995年9月再版、齋藤毅『明治のことば』280~288ページ、講談社、2005年11月。
2――中国での保険という用語
1|中国古典での使用例
中国古典での保険という用語の使用例としては、著名な漢和辞典である諸橋大漢和辞典につぎの2例が紹介されている。
ひとつは、3世紀の、倭人伝で有名な魏志の中の鄭渾伝の記載である。
ここには、「保険自守、此示弱也」(険を保ち自ら守るは、これ弱きを示すなり=要害の地に立てこもり、守勢にまわるのは、敵軍に自らの弱さを示すようなものだ)という一文がある。
もうひとつは、7世紀の、聖徳太子による遣隋使の国書の記載(日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや)で有名な隋書中の劉元進伝の記載である。
「其余党、往往保険為盗」(その余党、往往険を保ち盗みを為す=その残党は、いたるところで要害の地に立てこもり、盗みをはたらいた)とある。
いずれも、「険しい要害の地(険)に立てこもる(保)」という意味であり、現在の保険の意味は表していない5。
2|ロプシャイト英華辞典での使用例
英語のinsuranceに保険という訳語が取り入れられたのは、中国の清末(19世紀後半)である。
清でキリスト教伝道に尽力したドイツ人宣教師ヴィルヘルム・ロプシャイト(Wilhelm Lobscheid、中国名は羅存徳、1822~1893)が著した「英華字典」にこの訳語が示されている(なお、ロプシャイトは、1855年の日米和親条約締結の際、米国側の通訳として来日している)。
英華字典は、英名を”English and Chinese Dictionary with the Punti and Mandarin Pronunciation”(広東語および北京官話の音韻による英華字典)といい、全4部、英単語5万語を収録した大著で、第1部(A~C)は1866年、第2部(D~H)は1867年、第3部(I~Q)は1868年、第4部(R~Z)は1869年に香港で発行された6。
同字典では、insuranceを「保険」と訳し、また、insuranceの発音から、「燕梳」(yin so)と当てている。
さらに、Insurance companyを、保険会、燕梳会、担保会、保険公司と、Insurerを保険者、保険公司と訳している。
なお、明治時代の哲学者として著名な井上哲次郎(1856~1944)は、ロプシャイト英華辞典の和刻本として、『羅存徳原著、井上哲次郎訂増 英華字典』を刊行した(1883~1885年)。
前述の諸橋大漢和辞典には、保障制度を意味する保険という用語の使用例として、清の孫詒讓(そんいじょう)著「周礼政要」(1886年)における、「察各国貨物鎖售水陸転運銀行保険出入税」を示しており、現在でも使用されている銀行と保険という用語が併記されていて興味深いが、これは英華字典が発行されてから約20年後の使用例である。
中国古典での保険という用語の使用例としては、著名な漢和辞典である諸橋大漢和辞典につぎの2例が紹介されている。
ひとつは、3世紀の、倭人伝で有名な魏志の中の鄭渾伝の記載である。
ここには、「保険自守、此示弱也」(険を保ち自ら守るは、これ弱きを示すなり=要害の地に立てこもり、守勢にまわるのは、敵軍に自らの弱さを示すようなものだ)という一文がある。
もうひとつは、7世紀の、聖徳太子による遣隋使の国書の記載(日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや)で有名な隋書中の劉元進伝の記載である。
「其余党、往往保険為盗」(その余党、往往険を保ち盗みを為す=その残党は、いたるところで要害の地に立てこもり、盗みをはたらいた)とある。
いずれも、「険しい要害の地(険)に立てこもる(保)」という意味であり、現在の保険の意味は表していない5。
2|ロプシャイト英華辞典での使用例
英語のinsuranceに保険という訳語が取り入れられたのは、中国の清末(19世紀後半)である。
清でキリスト教伝道に尽力したドイツ人宣教師ヴィルヘルム・ロプシャイト(Wilhelm Lobscheid、中国名は羅存徳、1822~1893)が著した「英華字典」にこの訳語が示されている(なお、ロプシャイトは、1855年の日米和親条約締結の際、米国側の通訳として来日している)。
英華字典は、英名を”English and Chinese Dictionary with the Punti and Mandarin Pronunciation”(広東語および北京官話の音韻による英華字典)といい、全4部、英単語5万語を収録した大著で、第1部(A~C)は1866年、第2部(D~H)は1867年、第3部(I~Q)は1868年、第4部(R~Z)は1869年に香港で発行された6。
同字典では、insuranceを「保険」と訳し、また、insuranceの発音から、「燕梳」(yin so)と当てている。
さらに、Insurance companyを、保険会、燕梳会、担保会、保険公司と、Insurerを保険者、保険公司と訳している。
なお、明治時代の哲学者として著名な井上哲次郎(1856~1944)は、ロプシャイト英華辞典の和刻本として、『羅存徳原著、井上哲次郎訂増 英華字典』を刊行した(1883~1885年)。
前述の諸橋大漢和辞典には、保障制度を意味する保険という用語の使用例として、清の孫詒讓(そんいじょう)著「周礼政要」(1886年)における、「察各国貨物鎖售水陸転運銀行保険出入税」を示しており、現在でも使用されている銀行と保険という用語が併記されていて興味深いが、これは英華字典が発行されてから約20年後の使用例である。
5 諸橋轍次『大漢和辞典』、大修館、1968年10月1日縮写版第二刷。
6 宮田和子『英華辞典の総合的研究-19世紀を中心として』101~112ページ、白帝社、2010年3月。
(2017年01月19日「保険・年金フォーカス」)
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