2016年12月09日

米国経済の見通し-来年以降は、米国内政治動向が鍵。トランプ氏の政策公約が全て実現する可能性は低い。

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

文字サイズ

1.経済概況・見通し

(経済概況)7-9月期の成長率は、14年7-9月期以来の高い伸び

米国の7-9月期実質GDP成長率(以下、成長率)は、前期比年率+3.2%(前期:+1.4%)と前期から大幅に加速、14年7-9月期(同5.0%)以来の高い伸びとなった(図表1、図表5)。

需要項目別にみると、住宅投資こそ前期比年率▲4.4%(前期:▲7.7%)と2期連続のマイナスとなったものの、個人消費は+2.8%(前期:+4.3%)と底堅い伸びとなり、個人消費主導の景気回復が持続していることが確認できた。また、民間設備投資が+0.1%(前期:1.0%)と2期連続でプラスとなったほか、政府支出も+0.2%(前期:▲1.7%)とプラスに転換した。

さらに、在庫投資の成長率寄与度が+0.49%ポイント(前期:▲1.16%ポイント)と6期ぶりにプラス転換し、成長率を押上げたほか、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度も+0.87%ポイント(前期:+0.18%ポイント)と大幅な押上げとなった。在庫投資のプラス転換は想定されていたものの、純輸出は特殊要因によって持ち上げられており、当期は実力以上に成長が高く出ていることに注意が必要だ。

一方、11月に行われた大統領・議会選挙では、事前予想に反してトランプ氏が大統領に選出されたほか、議会でも共和党が上下両院で過半数を確保し、09年1月以来の安定政権が誕生する見込みとなった。トランプ氏が次期大統領に選出されたことで、来年以降の政権運営についてオバマ政権からの大幅な路線変更が見込まれ、政策の予見可能性は著しく低下した。

政策の予見可能性低下は、本来資本市場にとってネガティブ要因だが、大統領選挙後の資本市場では、トランプ氏が掲げる減税、インフラ投資の拡大、規制緩和などの経済政策への期待先行で株高が進んだ。12月6日時点でS&P500指数は、2,200ポイントを上回り最高値圏で推移している。業種別では、規制緩和の恩恵を受けるとみられる金融、エネルギーや、インフラ投資拡大の恩恵を受けるとみられる資本財セクターの上昇が顕著である(図表2)。

また、減税、インフラ投資拡大に伴い財政赤字、債務残高の増加が見込まれることから、米国債の発行増加観測を背景に長期金利の上昇も顕著となった(図表3)。12月6日時点で長期金利は2.4%近辺で推移しており、選挙前の1.9%から1ヵ月間に0.5%程度の急激な上昇となっている。さらに、米金利上昇を受けた日米金利差拡大から、円ドルレートも選挙前の1ドル=105円近辺から114円台と16年3月以来の円安ドル高水準となった。事前予想ではトランプ氏が勝利する場合には円高を予想する向きが多かった。このように、資本市場ではリスク選好の動きが強まっているが、同氏の経済政策に対する実現可能性も含めた不透明感より、政策転換を評価した格好だ。
(図表2)S&P500業種別指数/(図表3)米長期金利と円ドルレート
(経済見通し)成長率は17年+2.2%、18年+2.4%を予想

10-12月期の成長率(前期比年率)は、+2.5%への小幅低下を予想している(図表1、5)。10-12月期は、個人消費の底堅い伸びが予想されるほか、住宅投資のプラス転換や、設備投資の伸び加速が期待できる。しかしながら、特殊要因が剥落することで純輸出の成長率寄与度がマイナスに転じることから成長率は低下しよう。この結果、16年通年でみた成長率(前年比)は+1.6%と15年の+2.6%から大幅な低下となろう。
(図表4)主要な政策公約 さて、17年以降の経済見通しだが、トランプ氏の経済政策運営によって左右されるため、現段階で確信をもって予想するのは困難である。同氏の選挙公約には、減税やインフラ投資拡大、規制緩和など、景気にプラスの効果が見込まれる政策が含まれる一方、保護主義的な通商政策や移民政策などはマイナスに働くとみられる(図表4)。この結果、経済全体への影響は、これらの政策の組み合わせや、政策遂行状況によって決まるため、米国内政治が景気浮沈の鍵を握っている1

当研究所では、今回の経済見通しの前提として、景気にマイナスとなる通商政策や移民政策については、TPPからの離脱や、国境警備の強化は見込まれるものの、NAFTAの大幅な見直しや不法移民の強制退去などの政策は実現しないと予想している。

次に、景気にプラスの政策については、規制緩和は議会共和党の賛同を得られ易いとみられるものの、財源を確保する必要のある減税や、インフラ投資については選挙公約からの規模縮小は不可避と予想した。OECDは、トランプ氏の政策公約が全て実現した場合に、財政政策が17年の成長率を+0.4%、18年を+0.9%弱押上げると試算している2が、財政政策の規模縮小により、実際の押上げはこれより小幅に留まるだろう。

当研究所では、17年の成長率(前年比)は+2.2%、18年は2.4%と予想している。トランプ氏の経済政策による景気押上げは、17年はほぼ中立、18年は+0.3%程度とした。減税やインフラ投資拡大は予算措置が必要となるため、政策の実現は早くても17年10月から始まる次期会計年度からになるため、17年の成長率への影響は限定的と判断した。

需要項目別の見通しでは、17年以降も労働市場の回復を背景とした個人消費主導の景気回復が持続しよう。トランプ氏の減税政策は、可処分所得の増加を通じて消費の下支えとなろう。民間設備投資も、法人税の税制改革や、環境・エネルギー規制の緩和に伴うエネルギー関連投資の拡大などが追い風となろう。しかしながら、住宅投資は金利上昇の影響を受けて伸びが鈍化しよう。純輸出は、当面はドル高の影響が残るものの、中国を中心に貿易赤字縮小のプレッシャーがかかることから、18年にかけて成長率寄与度のマイナス幅は縮小すると予想する。
物価は、18年末の60ドルに向けて緩やかな原油価格の上昇を見込んでいることから、エネルギー価格が物価を押上げる状況に転じ、17年、18年ともに、前年比で+2.3%に加速しよう。
 
金融政策は、16年12月に追加利上げを再開した後、17年は資本市場が安定する前提で年2回(合計0.50%ポイント)、18年は年3回(合計0.75%ポイント)の利上げを実施すると予想する。
 
長期金利は、物価上昇や政策金利の引き上げ継続に加え、国債発行増加から、18年末にかけて上昇基調が持続すると予想する。長期金利の水準は17年末で2%台半ば~後半、18年末で3%台前半と11年以来の水準へ上昇するだろう。
 
上記見通しに対するリスクとしては、米国内外の政治リスクと、中国をはじめとする新興国経済の減速懸念に伴う資本市場の不安定化が挙げられる。トランプ氏による政権運営は米国の政治リスクである。同氏はこれまで政治経験がないため、安定的な政権運営のためには議会共和党の協力が不可欠だ。同氏は、選挙活動期間中を通じて共和党首脳部に対する批判を繰り返しており、関係修復がスムーズに行えるか予断を許さない。また、トランプ氏の経済政策では、財政赤字や債務残高の増加を伴うものが多く、政策を実現する上では財政均衡を目指す議会共和党の妥協を引き出す必要がある。このため、同じ共和党内で対立が先鋭化する場合には政治の機能不全が問題となろう。

また、海外でも欧州では17年にオランダ、ドイツ、フランス、イタリアなど主要国で選挙が予定されているほか、BREXITも本格的な協議が開始されるため、政治的な混乱が懸念される。

一方、トランプ氏は選挙期間中から不公正な貿易慣行や為替操作について、中国を名指しで批判してきており、通商面で中国経済への影響が懸念される。また、米政策金利の引き上げに伴う新興国からの資金流出も懸念されるため、中国や新興国発の要因で米資本市場が不安定化する場合には経済への影響が懸念される。
(図表5)米国経済の見通し
 
 
1 Weeklyエコノミストレター(2016年11月18日)「米大統領・議会選挙-トランプ次期大統領の経済政策は玉石混交。今後の経済は政策の優先順位・遂行状況次第。」http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=54372?site=nli
2 OECD経済見通し(16年11月)”Chapter 1 GENERAL ASSESSMENT OF THE MACROECONOMIC SITUATION” p.18-20
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【米国経済の見通し-来年以降は、米国内政治動向が鍵。トランプ氏の政策公約が全て実現する可能性は低い。】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

米国経済の見通し-来年以降は、米国内政治動向が鍵。トランプ氏の政策公約が全て実現する可能性は低い。のレポート Topへ