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ソルベンシーIIの今後の検討課題について(1)-技術的準備金及びリスクの評価に関する項目-
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3―ソルベンシーIIの今後の検討課題-技術的準備金の評価に関する項目-
1|UFR水準
(1)これまでの経緯
UFR(Ultimate Forward Rate:終局フォワードレート)の水準見直しを巡る動きについては、基礎研レポート「EUソルベンシーIIの動向-UFR(終局フォワードレート)水準の見直しを巡る動きと今後の展望-」(2016.8.22)において、詳しく報告した。その概要は、以下のとおりである。
生命保険会社の責任準備金の評価において重要な意味を持つ、超長期の金利水準の設定に関連して、EUのソルベンシーIIにおいて、UFRという概念が導入されている。このUFRについて、通貨ユーロの場合には現在4.2%という水準に設定されていることから、この水準が昨今の金利水準に比較して高く、結果として、責任準備金の過小評価につながっているのではないか、との批判が起きていた。これを受けて、EIOPAにおいて、UFRの見直しに関する議論が進められ、EIOPAは4月20日に「UFRの方法論とその実施に関するコンサルテーション・ペーパー」を公表した。
これに対する意見が7月18日に締め切られたが、関係団体から「2017年からのUFR水準引き下げ」に対して、激しい反対意見が提出された。こうした関係団体の意向も踏まえて、欧州委員会もEIOPAの動きを牽制する意見を発出していた。なお、EIOPAの監督当局の間でも、ドイツとオランダの間での意見の相違も明確になっている。さらには、UFRの水準を今回見直す場合には、併せて、マッチング調整の見直しも行うべきとの意見も出されている。
その後、9月末のEIOPAの役員会で期待されていた「意見のレビューの結果としての、UFRに関する決定の公開」は、こうした欧州委員会からの動き等を受けて延期された。「2017年早々に、情報に基づいた意思決定を行うことを目標に、方法論の様々な要素を評価し、影響についてのより多くの情報を収集する。」ことになった。
さらに、欧州議会の経済・金融問題委員会(Econ)の委員長のRoberto Gualtieri氏は、EIOPA会長のGabriel Bernardino氏に対して、11月15日にレターを送っているが、その中で、「UFRは2014年にソルベンシーIIを修正したオムニバスIIの指令で合意した妥協の一部であったため、2021年の長期保証パッケージのレビュー計画において、指令の他の要素と並行してのみ検討されるべきである。」等と主張している。
(3)これらを踏まえての今後の動向
このように、UFR水準の見直しに消極的な勢力は、「UFR水準の見直しはあくまでもLTGMのレビューの一環として行われるのが基本的な考え方である。」とのスタンスにたっている。こうした考え方を背景に、欧州委員会も欧州議会も早期の見直しに対して、慎重な意見を示している。
従って、UFRについて、今後どのような形での議論が行われ、どのような方向で検討が進められていくことになるのかについては、極めて不透明な状況にある。この点に関するEIOPAにおける議論の内容やその結論については、UFRの概念が幅広く国際的に導入されつつある状況にあることから、大変注目されている。仮に、政治的な決着が図られるとしても、一定合理性がある内容でないと、ソルベンシーIIに対する信頼感を失わせることにもなりかねないことから、慎重な判断が必要になってくるものと思われる。
(1)概要
「リスクマージン」は、保険会社がトラブルに陥ったときに、第三者へビジネスを移転するコストをカバーすることを意図したバッファーである。
リスクマージンの概念は、ソルベンシーIIによって導入されたものであるが、これについても、いくつかの批判や見直しの意見が出されている。
(2)6%の資本コスト率
まずは、リスクマージンは、リスクフリーの上に6%の資本コスト率を前提としているが、この水準は、今日の低金利環境の中で、極めて高い水準であり、「インフラに投資する能力を減少させ、ソルベンシーIIの影響評価を時代遅れにし、EUの保険会社の競争力を低下させる。」と批判されている。さらには、スプレッドがタイトになっている環境下で、今のクレジット市場にあっていないとの批判もある。
このリスクマージンについては、「欧州委員会によるEIOPAに対する技術的助言要求項目」の中では、以下のように記述されており、EIOPAは資本コスト率の見直しを求められている。
3.2.11.リスクマージン、特に資本コスト率を計算する際に使用される方法及び前提条件(指令2009/138 / ECの第86条(1)(d)におけるエンパワーメントの下で)。
第77条(5)によれば、リスクマージンは、生涯にわたる保険及び再保険債務を支えるために必要なソルベンシー資本要件と同等の自己資本を提供する費用を決定することによって計算される。
EIOPAは以下のことを求められる。
・保険会社の貸借対照表におけるリスクマージンの相対的な規模に関する情報を提供する。
・変化する市場環境を考慮して、リスクマージンの計算に適用される方法及び前提が引き続き適切であるかどうかを評価する。特に、EIOPAは資本コスト率を見直すよう求められている。
生命保険会社は、金利リスクを抑制するために、基本的に資産と負債のデュレーションをマッチングさせる戦略をとっているが、このような会社においても、リスクマージンを経由して金利の変動にさらされることになる。
多くの英国の保険会社は、こうした課題に対応する必要性もあり、ソルベンシーIIが認めている「技術的準備金に関する経過措置(Transitional Measure on Technical Provisions:TMTP)」を、監督当局であるPRA(Prudential Regulation Authority:健全性規制機構)の承認を得て、適用している。さらに、金利の大きな変動等があった場合には、PRAの承認を得てTMTPを再計算することができる。ただし、こうした手段で十分に対応できるわけではなく、そもそもこの経過措置は16年間で低減していくことから、リスクマージンに関しては、課題を抱えた形になっている。
さらには、保険会社は、金利デリバティブでヘッジすることで、金利の変動に対応することも考えられるが、これはソルベンシーII以外の他のIFRS(国際財務報告基準)ベースの指標等にボラティリティを創り出すことにもなりかねず、そもそも、効果的かつ安価なヘッジを構築することは容易ではない、という事情もある。
(4)リスク移転の動き
これに対して、一方で、リスクマージンに関する前提は、リスク評価の判断基準等の違いをベースにして、生命保険会社がこれまで不動と考えてきた主要なリスクを移転する動きを後押しする形になっている。
具体的には、例えば、ソルベンシーIIにおける長寿リスクに対する評価は、長寿リスクの移転を行う再保険市場や資本市場の発展を生み出すことにつながっている。
(参考)長寿リスク対応
ソルベンシーIIの標準式では、長寿リスクは「死亡率の20%低下」に対応するものとして評価される。これに対して、欧州の保険会社は、資本効率を高めるため、規制内容が異なり、長寿リスクに対してより緩和的な米国の(再)保険会社等へ出再したり、あるいは長寿スワップを活用して、リスクを移転する取組みを行ってきている。
昨今の低金利下で、長寿リスクをカバーする商品からのリスクマージンは大きな負担となっており、再保険取引等がこれらを削減できる有益なツールとなっている。
以上述べてきたように、現行のリスクマージンは、現在の金利環境下で、高水準でボラタイルなものとなっているため、特に年金保険を主力として販売している保険会社が多い英国において、監督当局も含めて、強い課題意識を有している。
イングランド銀行(Bank of England)は、リスクマージンの算出方法の変更を要求し、規制の枠組みでのカウンターシクリカルなツールの導入を主張している。PRAも低金利環境を反映するために資本コストの削減を示唆している。
今後、こうした状況を踏まえて、リスクマージンに関して、どのような見直しが行われていくことになるのかは注目に値する。
(2016年12月06日「基礎研レポート」)
中村 亮一のレポート
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