2016年02月22日

公的年金額の据え置きは、年金財政にとって二重の痛手-年金額改定ルールと年金財政への影響の再確認

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2|見直しの内容

先ほど見たような、年金額改定の特例措置に該当して年金財政が悪化する事態を避けるため、次のような見直しが計画されています。この内容は社会保障審議会年金部会での確認が済んでおり、現在開かれている第190回通常国会への法案提出が予定されています。

 (1) 本則の改定ルールの見直し
本則の改定ルールにおいては、賃金改定率が物価改定率を下回る場合に適用される特例措置のうち、年金財政を悪化させるもの(図表3の(5)と(6))が見直される見込みです(図表10)。
賃金改定率がマイナスで物価改定率がプラスの場合(図表3の(5)の場合)は、これまでの特例措置では新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率がともにゼロとされていましたが、見直し後は両者ともに賃金改定率で改定されることになります。賃金改定率と物価改定率がともにマイナスでかつ賃金改定率が物価改定率よりも小さい場合(図表3の(6)の場合)は、これまでの特例措置では新しく受け取り始める年金額の改定率と受け取り始めた後の年金額の改定率がともに物価改定率とされていましたが、見直し後は両者ともに賃金改定率で改定されることになります。
これらの見直しにより、賃金改定率が物価改定率を下回る場合でも年金改定率は賃金改定率となるため、年金財政の支出である年金給付費の変動が保険料収入の変動、すなわち賃金水準の変動と連動する形になり、年金財政への悪影響を現在よりも抑えることができます。本則の改定ルールは財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)の適用が終了した後も恒久的に適用されていくため、今回の見直しは年金財政にとって大変意義のある見直しと言えます。
 
図表10 本則の改定ルールの見直し案
(2) 財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)の見直し
財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)においては、現在の特例措置はそのまま継続されますが、特例措置に該当した場合に生じる「調整の未実施分」(下記の厚生労働省の資料では、「未調整分(キャリーオーバー)」と記載)が累積され、特例に該当しない年度に当年度分の調整と未調整分(キャリーオーバー)を合わせて調整するように、制度が見直される見込みです(図表11の「(2)名目下限措置+未調整分の繰越し」)。
これまでは、特例措置に該当した場合に生じる未調整分は特段繰り越されず、その結果として財政健全化に必要な調整期間が長引き、将来の年金の給付水準が低下する仕組みになっていました。見直しによって未調整分が持ち越されて調整されるようになると、特例措置に該当した年度ではツケの先送りが生じますが、それが見直し前よりも早い時期に精算される可能性が出てきます。
しかし、今後の経済状況によっては、特例に該当しない年度に当年度分の調整と未調整分(キャリーオーバー)を合わせた大幅な調整が出来ない場合も考えられるため、未調整分(キャリーオーバー)の精算が完了しないままになる可能性もあります。
図表11 財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)の見直し案
3|見直しの影響(仮に2016年度の改定に見直しが適用されていた場合)

この見直しの影響を、仮に2016年度に見直しが適用されていた場合と比較して確認すると、図表12のようになります。2016年度の賃金改定率と物価改定率の組み合わせは、本則のパターンが図表3の(5)に該当します。現行の改定ルールでは新しく受け取り始める年金額の改定率(本則改定率)と受け取り始めた後の年金額の改定率(本則改定率)ともにゼロ%となりますが、見直し後のルールでは両者ともに賃金改定率(-0.2%)が適用されます(図表10)。その結果、本則の改定率が両者ともマイナスとなるため、調整のパターンは図表6の特例措置bに該当します。この場合、実際に適用されるスライド調整率はゼロ%となるので、調整後の改定率は本則の改定率と同じになります。見直しで新たに設けられる翌年度以降に繰り越される未調整分(キャリーオーバー)は、本来のスライド調整率(-0.7%)と実際に適用されるスライド調整率(ゼロ%)の差である-0.7%となります。
このように、現行の改定ルールではゼロ%だった改定率が-0.2%となり、未調整分(キャリーオーバー)の-0.7%は次に原則どおりの調整パターンとなる際に精算されていきます。受給者にとっては現行よりも厳しい改定となりますが、その分、将来世代へのツケの先送りが軽減されます。
 
 

4 ――― むすびに

4 ――― むすびに

年金額の改定は、金額の変動がある場合、特に減額される場合に大きな関心を呼びますが、前半で述べたように年金額が据え置かれる場合には年金財政への悪影響が発生します。最後に述べた見直しによって悪影響は軽減される見込みですが、将来世代になるべくツケを回さないよう、給付調整の未実施分(キャリーオーバー)がどのように推移していくかに注目し、見直しを検討する必要もあるでしょう。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2016年02月22日「基礎研レポート」)

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