2016年01月15日

低空飛行が続く日本経済~浮上する「賃上げ停滞」のリスク

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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(2%の物価目標と整合的な賃上げが必要)
先行きの個人消費を大きく左右するのは2016年春闘の賃上げ率だ。春闘を取り巻く環境を確認すると、失業率、有効求人倍率が約20年ぶりの低水準まで改善するなど労働需給面からの賃金上昇圧力は引き続き強く、円安、原油安の追い風もあって企業収益は好調を維持している。賃上げを継続するための経済の好環境は継続していると考えられる。

当研究所では2016年度の春闘賃上げ率は2.60%と2015年度の2.38%(厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」ベース)を上回ることを想定しており、雇用所得環境のさらなる改善が個人消費の回復を後押しすることを見込んでいる。しかし、連合は2016年春闘の基本方針で、賃上げ要求水準を「2%程度を基準(定期昇給分を除く)」としており、2015年要求の「2%以上」からやや後退している。また、個別企業の労働組合の動向をみても昨年を下回る賃金改善要求が目立つようになっている。
(図表12)消費者物価と家計の予想物価上昇率/(図表13)物価上昇に賃金上昇追いつかず ここにきて、中国をはじめとした新興国経済の減速懸念、物価上昇率の低下など賃上げを抑制する要因も見られる。ただし、足もとの物価上昇率が低下しているのはあくまでも原油価格の下落に伴いエネルギー価格が大きく低下したことによるもので、エネルギーを除いた消費者物価は1%程度の伸びを続けている。

物価上昇がある程度継続してきたこともあり、かつてに比べ企業の値上げに対する抵抗感は小さくなっている。実際、食料、日用品、サービスなど幅広い品目で値上げが行われており、品目数でみると上昇品目数が7割近くになるなど、物価上昇の裾野は広がっている。また、家計の予想物価上昇率は現実の物価上昇率の低下に伴いこのところ下がってきているが、異次元緩和前に比べると高水準を維持している(図12)。

ここにきて、消費者物価の上昇ペースは鈍化しているが、安倍政権発足時(2012年10-12月期)から直近(2015年10、11月の平均)までの上昇率は4%を超えている。これに対し、同じ期間の名目賃金の伸びは0.3%に過ぎない(図13)。実質賃金は安倍政権発足前と比べて約4%低下していることになる。消費者物価は2014年4月に消費税率引き上げの影響で2%程度押し上げられているが、この影響を除いても名目賃金上昇率が消費者物価上昇率を明確に下回っているという関係は変わらない。
今後の原油価格の動向については不確実性が高いが、いずれ原油価格下落の影響は一巡する。そうなった場合、消費者物価が1%を上回ってくる蓋然性はかなり高いだろう。現在、賃金上昇率は1%以下なので、賃金上昇率がこのまま変わらずに物価上昇率が1%を上回るようになれば、当然のことながら実質賃金は再び水面下に沈んでしまう。

日本銀行は消費者物価上昇率2%を目標として、2013年4月から「量的・質的金融緩和」を続けている。現時点では目標は達成されていないが、2%の物価目標は堅持している。名目賃金上昇率が物価上昇率を上回ることをひとつの目安とすれば、日本銀行が2%の物価目標掲げる中で目指すべき賃上げ率はベースアップで最低2%と考えられる。

1990年代後半以降の雇用情勢が極めて厳しかった局面では、春闘における要求が賃上げよりも雇用確保に重点が置かれていた。しかし、今や企業の人手不足感はバブル期並みに高くなるなど雇用不安はほぼ解消しており、賃上げ率をより一層高めデフレ突入前の正常な状態に近づけるには絶好の機会といえる。しかも、2017年4月には実質賃金を目減りさせる要因となる消費税率の再引き上げ(8%→10%)が控えている。

ここで賃上げの動きが止まってしまえば、一時的に消費者物価上昇率が2%に達したとしても、実質賃金の大幅な低下によって個人消費が腰折れしてしまい、結果的に2%の物価上昇率を安定的に維持することはできなくなるだろう。

年明け以降、株価の大幅下落、円高の進展など日本経済への逆風が強まっているが、国内最大のリスクは2014年に始まった賃上げが停滞することで個人消費の回復がさらに遅れ、経済の好循環に向けた動きが途切れてしまうことである。


月次GDPの動向
2015年11月の月次GDPは前月比▲0.5%と2ヵ月ぶりに減少した。外需寄与度は2ヵ月連続でプラスとなったが、民間消費(設備投資(前月比▲0.8%)、設備投資(同▲1.9%)が大きく落ち込んだ。現時点では、2015年10-12月期の実質GDPは前期比▲0.1%(年率▲0.4%)と2四半期ぶりのマイナス成長になると予想している。
日本・月次GDP 予測表
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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

(2016年01月15日「Weekly エコノミスト・レター」)

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