2016年01月15日

低空飛行が続く日本経済~浮上する「賃上げ停滞」のリスク

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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(図表6)非金融法人の所得(貯蓄)の内訳 (企業の貯蓄超過幅は年間約30兆円)
家計の所得低迷が長期化する一方、企業の所得は高水準で推移しており、非金融法人の可処分所得(純)は2010年度に32.2兆円と初めて30兆円を上回った後、30兆円前後の高水準を維持している(図6)。内訳をみると、本業で上げた利益に相当する「営業余剰」はこのところ持ち直しているものの2014年度は47.5兆円とリーマン・ショック前の2007年度(54.8兆円)の水準を依然として下回っている 。

一方、超低金利の長期化に伴う支払利子の大幅減少や対外資産からの利子、配当の増加が財産所得(純)の改善をもたらしている。非金融法人の財産所得(純)のマイナス幅は1994年度の▲30.0兆円から2013年度には▲5.0兆円と25.0兆円も縮小している 。法人税の支払いが減少していることも企業の可処分所得の増加に寄与している。「所得・富等に課される経常税」は2009年度の8.8兆円から2014年度には14.3兆円まで持ち直したが、リーマン・ショック前の2007年度(18.3兆円)に比べると2割以上少ない。
(図表7)制度部門別貯蓄投資バランス 企業は貯蓄が高水準で推移する中、設備投資はバブル崩壊以降抑制を続けているため、貯蓄投資差額は1990年代後半から黒字となっており、最近は30兆円前後の高水準での推移が続いている(図7)。

本来は資金の借り手であるはずの企業部門が大幅な貯蓄超過を続けていることは決して健全な姿とはいえず、経済成長にとってもマイナスである。企業に滞留する余剰資金を家計に還流させることにより所得の増加を伴った個人消費の回復につなげることが経済活性化のためには不可欠だ。

企業の余剰資金を家計に還流させる手段はいくつかある。ひとつは金利上昇によって家計の利子所得を増やすことだ。しかし、日本銀行が「物価安定の目標」とする消費者物価上昇率2%が遠のいたこともあり、「量的・質的金融緩和」が長期化することは避けられず、利子所得のルートを通じた家計所得の改善は当面期待できない。企業が配当の支払いを増やすことも企業から家計への所得移転を進める有効な手段だ。ただし、日本の家計は株式の保有比率が低いため、企業が配当の支払いを増やしてもそれを受け取るのも企業となり、企業部門内に資金が滞留してしまう面がある。現時点で最も実現可能性が高く効果も大きいのは、賃上げを進めることにより雇用者報酬を増加させることだ。
(図表8)賃金上昇率の推移 (賃上げ2%の意味)
円安に伴う企業収益の大幅改善や政府からの賃上げ要請を受けて、2014年春闘では久しぶりにベースアップを実施する企業が相次いだ。しかし、円安による輸入物価上昇に消費税率引き上げの影響が加わり物価上昇率が急速に高まったため、2014年度の実質賃金は急速に落ち込んでしまった。2015年度はベースアップが前年度を上回ったことに加え、消費税率引き上げの影響が一巡する中、原油価格下落の影響から物価上昇率が大きく低下したため、実質賃金上昇率はプラスに転じたが、上昇幅は小さく安定的にプラスの伸びを確保するまでには至っていない(図8)。
(図表9)賃金改定率の推移 安倍首相はアベノミクスの成果として「2%の賃上げ」を実現したことをしばしば強調するが、この場合の2%は言うまでもなく定期昇給を含んだもので、労働市場の平均賃金上昇率に直接影響を与えるのは定期昇給を除いたベースアップだ。2014年度の春季賃上げ率は2.19%(厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」ベース)と13年ぶりの2%台となり、2015年度は2.38%とさらに伸びが高まった。しかし、このうちベースアップ部分は0.3~0.7%程度にすぎない(図9)。

10年以上にわたってベースアップがほとんどなかったことを思えば一歩前進したことは確かだが、そのペースは現時点ではきわめて緩やかなものにとどまっている。
 
(春闘の役割は依然大きい)
労働組合の組織率低下などから春闘賃上げ率と実際の賃金上昇率の関係が薄れているとの見方がある。確かにベースアップと所定内給与の関係をみると、近年は所定内給与の伸びがベースアップを下回り続けている(図10)。しかし、これは相対的に賃金水準の低いパートタイム労働者の割合が高まることにより、労働者一人当たりの賃金水準が押し下げられているためである。たとえば、2014年度はベースアップ約0.3%に対し、所定内給与は前年比▲0.2%の減少となったが、就業形態別にみると、一般労働者(2013年度:前年比▲0.3%→2014年度:同0.2%)、パートタイム労働者(2013年度:前年比0.0%→2014年度:同0.3%)のいずれも所定内給与は増加していた。ベースアップと労働者一人当たりの所定内給与の伸び率の差はパートタイム比率の上昇による平均賃金の低下(▲0.4%)によってほぼ説明できる。また、2015年度はベースアップ約0.7%に対し、所定内給与の伸びは前年比0.3%(2015年4~11月の平均)となっている。パートタイム比率の上昇による押し下げ圧力は続いているものの、前年度を上回るベースアップが実現したことを反映し、一般労働者、パートタイム労働者ともに所定内給与の伸びが高まったことで労働者一人当たりの所定内給与は増加に転じている(図11)。

このように、春闘賃上げ率と所定内給与の間には依然として強い相関関係がある。雇用の非正規化が進んでいるため、労働者一人当たりの平均賃金の伸びはベースアップよりも低くなるものの、ベースアップが高まった分だけ賃金上昇率が高まるという関係はかつてと大きく変わらない。

 
(図表10)ベースアップと所定内給与の関係/(図表11)所定内給与の要因分解
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斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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