2015年12月28日

アベノミクス始動後の賃金動向 ~2016年春闘を展望する~

岡 圭佑

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図11 経常利益率と賃上げ率 2企業収益と賃上げ率の関係

同様に、売上高経常利益率(x軸)と賃上げ率(y軸)について、1985年以降の関係をみてみる。まず、1985年から1999年の期間において、両者の決定係数は0.4、弾性値は1.8とベースアップと企業収益の間には一定程度の正の相関関係があった(図11)。しかし、2000年代に入ってからは利益率が上昇する中で、弾性値、相関係数ともに低下するなど、企業収益の改善に即して賃金が上昇していない状況が続いていた。

このように、1975年から1999年にかけて賃上げ率は物価の動向に左右される面が大きかった。しかし、デフレ状態が続いていた2000年以降は経営者が物価の動向によって賃上げを決定する必要性がなくなり、さらに企業収益が改善を続けても人件費抑制姿勢を継続したことが賃上げを抑制していた。
 
図12 賃金の改定の決定に当たり最も重視した要素の割合 3根強い企業のデフレマインド

企業のデフレマインドの根強さは、賃金改定事情を調査したアンケート調査でも確認できる。厚生労働省の「賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、賃金の改定要因として「物価上昇」を挙げる企業は1974年の24%をピークに低下傾向にあり、2000年以降極めて低い水準で推移している(図12)。また、高い賃上げ率が実現した2014年でも、「物価上昇」の回答割合は1.2%と依然低い。同年は消費税率引き上げによって物価が押し上げられたため、物価上昇を契機として賃上げを実施した企業は少なかった可能性が高い。その他の回答をみてみると、企業収益が過去最高を更新する中で、「企業の業績」を挙げる企業は減少傾向にある。前述のとおり、企業は人件費を抑制して収益を高めるようになったため、賃上げを決定する上で業績の重要性が薄れている。その一方で、「労働力の確保・定着」は足元で大きく上昇しており、労働需給の逼迫化が2年連続の大幅な賃上げを促したと考えられる。

安倍政権はデフレマインドの転換を図るべく、経済政策「アベノミクス」を始動してから2年が経過した。過去最高水準に達した企業収益や雇用情勢の改善など賃上げを伴う環境が整えられ、政府による賃上げ要請が後押しする形で2015年春闘では17年ぶりの高い賃上げ率が実現した。しかし、企業のデフレマインドは依然根強いことを踏まえれば、政府による賃上げ要請の影響が大きかったかが理解できる。

足元では名目賃金の伸び悩みなどから個人消費が低調に推移しており、“デフレの脱却”と“経済の好循環”の実現(企業業績の拡大→賃金の上昇→消費の拡大→物価の上昇)が途切れかねない状況に直面している。こうした状況を打開すべく、政府は2016年の春闘で3年連続となる賃上げを求める方針を表明することとなった。

5――2016年春闘の見通し

2016年の春闘では、3年連続のベースアップが実現するとみられる。企業収益の改善が続くなか、図7、8でみたように、雇用の不足感の強まりや有効求人倍率の改善が続いているほか、完全失業率は完全雇用に近い水準まで低下するなど労働需給が逼迫しており、2016年度の春闘でも労働側にとっては賃上げに対する要求を強めやすい環境にあるといえる。

もっとも、企業収益は過去最高を更新しているものの、先行きについてはやや不透明感が高まっている。米国の利上げや中国をはじめとした新興国経済の減速懸念など先行きの経済情勢に対する不透明感が高まっていることに加え、個人消費や設備投資を中心に国内需要が本格的な回復に至っておらず国内においても懸念材料は多い。過去最高を更新している企業収益は円安と原油価格の下落によって支えられている面が大きく、こうした外部環境の変化によっては業績の下方修正を迫られる可能性もある。そうなれば、企業は賃上げに対して慎重な姿勢を示すことになりかねない。

最近の物価の動向をみても、不確実性は高まりつつある。消費者物価(生鮮食品を除く総合、コアCPI)はエネルギー価格の下落を受けて8月以降ゼロ近傍での推移が続いている。さらに、ESPフォーキャスト調査(12月)の結果では、2015年度のコアCPIは前年比0.1%程度(2014年度:同0.1%)に留まり、物価の動向が一定程度賃上げの制約要因となる可能性もある。

そうした中で、連合は2015年11月27日に「ベースアップ2%程度」を基準とする2016年春季生活闘争方針を公表した。賃上げの要求水準を、「それぞれ産業全体の『底上げ・底支え』『格差是正』に寄与する取り組みを強化する観点から2%程度を基準とし、定期昇給相当分(賃金カーブ維持相当分)を含め4%程度とする」としている。2015年のベースアップの要求が2%以上であったことを踏まえると、やや控えめな要求となっている。前述した経済環境の変化を踏まえると、組合側で昨年を上回る賃上げを期待することは難しいとの判断が働いた可能性も考えられる。

政府からの賃上げ圧力は依然高いものの、収益環境の変化や労働側における要求水準の変化といった賃上げを促す環境は変わりつつあり、場合によっては企業のデフレマインドの転換が遅延することになりかねない。2016年の春闘では昨年を上回る賃上げを実現し、“デフレ脱却”と“経済の好循環”に弾みをつけられるかが焦点となるだろう。
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岡 圭佑

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(2015年12月28日「基礎研レポート」)

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