2015年12月25日

人材育成における3つのジレンマ-「優先順位」「配分」「同質性」にどう向き合うか

松浦 民恵

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(2)優先順位のジレンマへの対応~「当面の課題優先」からの脱却に向けて

「優先順位のジレンマ」から脱却するのは実際には容易ではないが、少なくとも当面の課題に対処しつつ、人材育成に上司のパワーや予算等を極力配分できるような仕掛けを作っていく必要がある。

まず必要なのは、育成の効果をできる限り「見える化」することである。「当面の課題優先」に抗弁するためには、研修受講の効果測定のみならず、育成政策の変更によってたとえばグローバル人材や幹部候補の人材プールが何人増加したか等を定量的に追跡していく必要がある。少なからぬ大企業で検討・導入され始めたタレントマネジメント(人材を競争力の源泉と位置づけ、採用から配置、育成、キャリア形成といった一連のプロセスを効果的・戦略的に管理・支援する仕組み)も、育成の効果の「見える化」と連動するものだと考えられる。

次に、当面の課題に対する対処の体制を見直し、上司の負担を軽減することによって、上司が育成に時間を振り向けられるようにする必要がある。具体的には、上司の評価基準における業績と育成のバランスを見直し、業務改革や要員の補強によって、コンプライアンス等のリスクマネジメント業務の負担軽減を図る必要があろう。上司の評価基準において育成のウェイトを高めることは、前述の育成の効果の「見える化」とセットで検討する必要がある。要員の補強は現実的には難しい面もあろうが、たとえば定年後継続雇用されている元管理職等に、コンプライアンス等のリスクマネジメント業務を配分することも考えられる。また、上司が限られた時間のなかで効果的な人材育成を行えるように、上司に対する教育を強化していくことも重要である。女性活躍推進の一環として、管理職教育を強化する動きが一部の企業でみられるが、これも効果的な人材育成に向けた有効な取組だといえよう。
 

2配分のジレンマ~早期選抜は大きなリスクをともなうがゆえに、早期選抜に踏み切れない

(1)選抜者に手厚く×全体に薄く

ここでいう「配分のジレンマ」とは、幹部候補を早めに選抜したほうが、育成資源を効果的に配分できるとわかっていながら、候補に選抜されなかった者のモチベーションの低下、選抜者の流出(転職等)といったリスクを懸念するあまり、早期選抜に踏み切れず、全体に広く薄く育成資源を配分する(結局、育成資源を効果的に配分できない)というジレンマである。

人材育成に必要な成長機会は、OJT、Off-JTともに供給制約がある。特に経済環境が悪化すると、(1)事業の拡大や新規事業の創出が難しくなり、(2)組織のスリム化で管理職ポストも削減され、(3)研修予算等も削減されるなど、同じ企業のなかで挑戦的な仕事経験を積める成長機会が、量・質ともにより制約され、固定化される面が大きい。このため、人材育成のなかでも特に幹部育成において、成長機会を幹部候補にどう配分するかがとりわけ重要な論点となる。

かつて正社員に占める大卒比率がさほど高くなかった時代には、学歴が幹部候補選抜の一つのメルクマールになっていた。多くの大企業においては、同じホワイトカラーの男性正社員のなかでも、大卒が暗黙のうちに幹部候補として位置づけられるのに比べて、高卒については、昇進スピードが遅く、配分される成長機会も限定されてきた2

しかしながら、1980年代に入り、男性正社員に占める大卒比率が顕著に上昇するとともに、幹部候補の比率も大きく膨らんできた。従業員数1000人以上の企業で、男性正社員の大卒比率をみると、1987年度には31.7%だったのが、2012年度には50.6%まで上昇している(図表4)。また、1986年の男女雇用機会均等法の施行にともない、女性の大卒正社員も幹部候補のカテゴリーに含まれるケースが増えてきた。1000人以上の企業の女性正社員についてみると、大卒比率の上昇は男性以上に顕著であり、1987年度の7.1%から2012年には40.4%まで上昇している。
図表4:正社員に占める大卒比率の推移
このように、正社員における大卒比率が増加するなか、大卒間の賃金原資の配分は成果主義の導入等によって見直されたが、人材育成においては、企業が選抜教育に舵を切った形跡がほとんどみられない(図表5)。2001年度には、「労働者全体の能力レベルを高める教育訓練」を重視する企業が、「重視」「重視に近い」をあわせて56.6%と過半数を占めていた。この割合は、2008年度に40.3%まで下がったものの再び盛り返し、2014年度でも59.6%にのぼっている。従業員数1000人以上では「労働者全体の能力レベルを高める教育訓練」重視(あわせて66.6%)の傾向がより強く、「選抜した労働者の能力レベルを高める教育訓練重視」はあわせて33.4%にとどまっている3

OFF-JTについても、日本の大企業の幹部候補は、ある程度平等に配分されることに慣れてしまっているためか、外資系グローバル企業の幹部候補と同じグローバル研修を受講する場合も、選抜されたという自負や、次の競争に向けて研修からより多くのことを学びとろうとする貪欲さが、相対的に希薄だという研修講師等の声が少なくない。
図表5:正社員の能力開発における企業の考え方の推移
 
2 ホワイトカラーのなかで大卒と高卒の処遇の実態に相当の差があることは、複数の機関が公開している給与モデルや退職金モデルが、大卒と高卒で区分されていることからも読み取れる。
3 2000年前後から、日本の大企業でも次世代リーダー育成プログラムの導入等が広がりつつあるが、対象層は課長クラスがメインであり、外資系グローバル企業において早期選抜のもとで集中的になされる幹部育成に比べると、トータルでみれば限られた成長機会の配分にとどまっているといわざるを得ない。
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