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- 所得8倍でも無くならない経済問題-ケインズの誤算
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1――百年後に3時間労働を予想
ケインズは、大恐慌さなかの1930年に、「我々の孫たちの経済的可能性」というエッセイを書いている。先進諸国の生活水準は百年後には1930年当時の4倍から8倍程度になっていて、一日3時間も働けば生活に必要なものを得ることができるようになるだろうと予想していた。
著しい経済発展を遂げた19世紀が終わり、多くの人は、生活は改善しなくなり英国が衰退すると考えているが、間違いだと述べている。大恐慌で多くの人が生活することもままならない中で、ケインズの予想を信じた人がどれだけいたのかと思うが、統計で確認してみると、この予想は正しかった。むしろ慎重すぎたとも言えるほどだ。
アメリカの一人当たり実質GDPは、2014年には1930年の6.4倍で、このペースで増加すると2030年には9倍近くに達する。日本は1955年度から2014年度までの60年間で8.3倍に達している。1930年を基準にすればもっと高い伸びになるはずだ。
2――必需品需要の飽和
ケインズは百年の間には、経済的問題は解決されるか、少なくとも解決が視野に入るだろうと予想した。高級品の服を着て他人に見せびらかすというような消費には際限がない。しかし、所得が増えても2倍も3倍も肉や野菜を食べられるわけではないから、食料などのように生活に絶対的に必要なものへの需要は比較的簡単に飽和するだろうと考えたからだ。生活に必要なものをどうやって手に入れるかという経済的問題を解決してしまうと、生活の目標がなくなって困るようになるかも知れないという心配までしている。
2014年の日本の賃金を見ると、部長級の賃金は、就職直後の20台前半の非役職者の3.16倍、課長級で2.51倍となっている。所得が8倍になれば、新入社員は部長が今もらっている月給の2倍以上の所得を得ることになる計算だから、生活水準は著しく向上するはずだ。実質所得が8倍になれば経済的な問題は無くなるはずだ、と考えたのはもっともだ。
3――経済的問題は無くならず
しかし現実には、経済的問題は無くなっていないし、日本の法定労働時間は一日8時間だ。生活に必要なものを購入するのに一日3時間働けば良いという世界は実現しそうにもない。ケインズの予想が実現しなかったことには、所得の上昇によって我々が考える「生活に必要なもの」の水準が高まったことなど、様々な原因が考えられる。
人々が最低限と考える医療や公共サービスの水準は、現在では1930年当時に比べてはるかに高くなっており、当然それを賄うコストも高くなっている。また、物価統計ではテレビの価格は大幅に低下しているが、昔売っていたようなテレビが非常に安い値段で買えるわけではない。テレビ番組を見ようとすると、アナログ式の白黒のブラウン管テレビではなく、地デジ対応のカラーテレビを買うしかない。「最低限の生活」をしようと思ったとしても、「高級なもの」を購入せざるを得ないということも起こる。
ケインズだけでなくマルクスやシュンペーターらも、経済成長の終わりという問題を論じているが、働く必要が無くなり日々やることがなくて困ってしまうということは当分無さそうだ。需要が飽和してしまうという心配をする必要も無いが、一方、生活の不安が無くなるという日も、まだ遠い先のことだろう。
一方、高学歴化で人々が働き始める時期が遅くなったことや、平均寿命が延びて退職後に働かずに生活する期間が延びていることを考えると、生涯を通じた一日の平均労働時間は見かけ以上に低下している。これから日本の人口構造はさらに高齢化が進むので、国内で利用する物やサービスを供給するための人手が足りなくなる恐れが大きい。短時間ではあっても高齢者も働いて所得を得て社会を支えるということを目指すのが自然な方向ではないだろうか。
(2015年10月07日「基礎研マンスリー」)
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