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1――注目される国家興亡論
パクス・アメリカーナ(Pax Americanaアメリカの平和)という言い方は、英国の歴史家であるエドワード・ギボンが『ローマ帝国衰亡史』の中で、ローマ帝国が最も安定していた1世紀末からの約80年間(96‐180年)である五賢帝時代をパクス・ローマーナ(Pax Romanaローマの平和)と呼んだことに由来している。
覇権国家がどのような原因で盛衰の歴史を辿るのかを論じた書物といえば、1987年に出版されたポール・ケネディの「大国の興亡」を思い浮かべる方も多いだろう。1980年代のアメリカは、経済面では財政赤字と経常収支の赤字という双子の赤字問題を抱え、インフレと低成長に苦しんでいた。国際政治では、アメリカとソ連による二極構造の支配的地位が揺らぎだしていた。しかし、1990年代に入ると状況は大きく変わった。1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年にはソ連が崩壊するとアメリカは唯一の超大国となる。経済面でも、インターネットが登場してYahoo、AmazonやGoogleなどのハイテク企業が急発展し、金融工学的手法を駆使した新金融商品と金融技術の発展で金融産業が急拡大した。IT革命によってアメリカ経済が復活したと多くの人が考え、ニューエコノミー論が唱えられるなど、もはや米国を脅かす国は現れないかに見え、覇権国家の興亡に対する人々の興味も低下したように思えた。
しかしここ数年、国家の繁栄と衰退の要因を考える書物が再び相次いで出版されている。例えば、「国家はなぜ衰退するのか」(ダロン アセモグル、 ジェイムズ A ロビンソン)、「なぜ大国は衰退するのか」(グレン・ハバード、ティム・ケイン)、「人類5万年文明の興亡:なぜ西洋が世界を支配しているのか」(イアン モリス)などがある。
2――先進国経済の停滞
このような書物が話題になっていることは、パクス・アメリカーナを支えてきた構造が揺らいでいるという不安が高まったことが背景にあるだろう。アメリカ経済は2008年に起きたリーマンショックによる経済の大幅な落ち込みからなかなか抜け出すことができず、その間に中国は急速な経済発展を遂げた。中国の経済規模は2010年には日本を抜いて、世界第二の経済大国に躍り出た。
IMFが4月に発表した最新の予測では、2016年には中国の経済規模がユーロ圏を上回り、2020年には日本経済の3倍を超えるようになるとしている。2013年には輸出入金額の合計で中国はアメリカを抜いて世界一になり、貿易面での存在感は既に極めて大きなものになっている。
2013年末に、IMFのセミナーでサマーズ元財務長官が、アメリカ経済が長期的な停滞に陥っているのではないかという疑問を投げかけ話題になった。バブル崩壊後に日本経済が長期停滞したのは例外だとみていたが、先進諸国経済全般がおなじような症状を示しているようにも見える。
3――多極化する世界
出版されている書籍の全体的な論調を大胆にまとめれば、「現在のアメリカの置かれた状況はローマが自ら衰退の道を辿ったのとは異なっており、多様性を基盤とするアメリカ社会が持つ革新性は簡単には失われない。自由や平等、民主主義を基礎とした経済・社会でなければ、国の発展には限界がある。」といったことになるだろう。
「ソフト・パワー論」で有名なジョセフ・ナイは、今年に入って”Is the American Century Over?”(アメリカの世紀は終わったのか?)という、多くの人々が抱いている懸念そのものずばりのタイトルの本を出した。アメリカは第二次世界大戦を契機に世界を主導する立場となったが、アメリカが唯一の超大国だという1990年代以降の状況は例外的だったとする。そもそも常にアメリカには強力な対抗勢力があって世界を思い通りに動かしてきた訳ではないから、極論すれば、これまでよりもやっかいにはなるが、程度の違いに過ぎないという主張をしている。
アメリカが衰退の道を辿るわけではないとは言っても、「他の国々が発展する」(「アメリカ後の世界」ファリード・ザカリア)ことで相対的な関係は変わり、「リーダーなき経済」(ピーター・テミン、 デイビッド・バインズ)が言うように21世紀前半の世界は多極化の方向に進むだろう。
状況がこれまでとは大きく変わる中で、日本はどのような道を選ぶべきなのか、日本は将来についての大きな戦略を描くことが必要になっているのではないか。
(2015年04月30日「エコノミストの眼」)
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