- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 保険 >
- 保険計理 >
- 安定な戦略ってご存じですか?-生き残るためにはどういう戦略が必要か?
安定な戦略ってご存じですか?-生き残るためにはどういう戦略が必要か?
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
社会では、一定のルールのもとで、様々な競争が繰り広げられている。産業界では商品の販売や収益の増加のために企業間で競争が行われており、政治の世界では各政党が政策の実現を通じて支持率獲得の競争を展開している。組織の内部でも部門間の競争があり、更にその中では個々人の競争にまで行き着く。そもそも競争は、ありとあらゆる生物にとって生存という究極の目標を達成するために逃れられない宿命とも言える。そのうちの1つが人間の社会の競争だと見ることができるだろう。
競争に際して、各競争者は、意識的に、もしくは無意識のうちに、ある戦略を採っている。ゲーム理論は、このような競争環境やその中での戦略について研究する学問分野である。
競争環境ごとにいろいろな戦略が考えられるが、その中には、安定な戦略というものがある。競争者が全員その戦略を採った場合、他の戦略を採っている競争者の侵入を防ぐことができるような戦略である。安定な戦略を採った集団は、他の戦略を採った競争者からの攻撃に耐えられる。
例えば、初対面の人と挨拶をする場合を考えよう。日本の人同士で挨拶をする場合、お辞儀をすることが一般的だ。これは、長い時間をかけて根付いた、日本の文化・習慣に基づくものであろう。しかし、日本の人が、アメリカに行ったときには握手をする場合が多い。アメリカでは、握手が一般的だからだ。逆もしかりで、アメリカの人が日本に来ると、それまであまりしたことのないお辞儀をすることが多い。つまり挨拶をするときに、日本ではお辞儀、アメリカでは握手をするというのが、安定な戦略になっていると言える。
次に、製薬会社の競争の例を考えてみよう。製薬業界は新しい薬剤の製造競争が激しいことで有名である。ある製薬会社が「新規開発戦略」をとって新しい薬剤を開発して販売すれば、特許をとれて一定期間市場を独占できるが、常にそのような画期的な薬剤が開発できるという保証はなく、開発には莫大なコストもかかる。これとは対照的に、他社が開発した薬剤と同じものを製造し、その薬剤の特許期間切れと同時に、ジェネリック医薬品として低価格で販売する「二番手戦略」も考えられる。
仮に、二番手戦略を採っている会社がA社だけで、他の会社は全て新規開発戦略を採っていたとしよう。このときは、まず、新規開発戦略を採っている会社の中では、開発に成功した会社だけが利益を得る。開発に成功しなかった他の会社は利益を上げることができない。一方、二番手戦略を採っているA社は特許期間切れと同時にジェネリック医薬品を販売し、確実に利益を得ることができる。
逆に、新規開発戦略を採っている会社がB社だけで、他の会社は全て二番手戦略を採っていたとしよう。この場合は、B社は他の会社に開発・製造を先んじられる恐れはなく、じっくりと製薬の開発研究を行い、いつしか開発に成功して確実に利益を上げることができる。一方、二番手戦略を採る会社間では厳しい販売競争が繰り広げられ、獲得する利益は限られることになる。
このように、新規開発戦略も二番手戦略も、安定な戦略にはなっていない。
それでは、製薬会社の競争において、安定な戦略というのはどういうものだろうか。新規開発戦略と二番手戦略を併用する混合戦略がその答えとなる。他の競争者の戦略を見て、新規開発戦略を採る会社が少ない場合は新規開発戦略の比重を高め、二番手戦略を採る会社が少ない場合は二番手戦略の比重を高めるのである。
この戦略をとる場合、(1)他の競争者を観察すること、(2)自らの戦略を臨機応変に変更すること、(3)長期的に利益を獲得するという視点を持つことが、成功の鍵となる。ただ実際には、他の競争者といっても、多くの会社があり、どの会社を重点的に観察し、自らの戦略を変更するかという選択の問題が発生する。即ち、「どの戦略を採用するかを決めるための戦略」が必要となる。これは、これまでの単純な戦略よりも1つ次元の高いメタ戦略と呼ばれている。製薬会社の競争の混合戦略の例では、新規開発戦略と二番手戦略をどのような比率で混合し、その混合比率はどのような基準で見直していくか、といったことがメタ戦略となる。
製薬会社だけではなく、多くの企業がこうしたメタ戦略の検討・推進を求められている。大切なのは、メタ戦略を考えることを通じて、自らの置かれた環境を広く、深く、長い期間、認識するようになることである。そして、1人ひとりの競争者が、自らの能力と、周囲の環境を踏まえながら、メタ戦略を実践することが集積して、社会全体の成熟化が図られていくのではないかと考えられる。
戦略などというと、どこか物騒で、きな臭い感じがして嫌だ、という人がいるかもしれない。ぎすぎすした競争社会は味気なくて非人間的だ、という意見もあるだろう。しかし、新しい戦略の検討や過去に立てた戦略の評価を通じて、個々の競争者が、よりよく社会に適合しようと努力することが、最終的には社会全体の安定した発展につながっていくと考えれば、このような戦略の議論を行うことも有益だと思われるが、いかがだろうか。
(2014年10月20日「研究員の眼」)
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/11/05 | サイコロを3回振るギャンブル-平均的に収支トントンのギャンブルはどのように設定できるか? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2024/10/29 | 気候変動AFOLUでの取り組み-風力・太陽光発電に匹敵する緩和ポテンシャルをどう引き出すか? | 篠原 拓也 | 基礎研レター |
2024/10/22 | ツーポイント・コンバージョンの選択-勝利の確率を高めるために、いま勝負に打って出るべきか? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2024/10/15 | 超過確率何分の1の豪雨が基準?-治水事業の整備基準を確率の面から見てみよう | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年11月07日
フィリピン経済:24年7-9月期の成長率は前年同期比5.2%増~悪天候と輸出悪化により5四半期ぶりの低成長に -
2024年11月07日
低下する独仏経済の牽引力-政治の分断がブレーキに- -
2024年11月06日
情報伝達・取引推奨による内部者取引-東証職員によるインサイダー取引疑惑 -
2024年11月06日
曲線にはどんな種類があって、どう社会に役立っているのか(その9)-カッシーニの卵形線・レムニスケート等- -
2024年11月06日
EUのAI規則(4/4-最終回)-イノベーション支援、ガバナンス、市販後モニタリング等
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
【安定な戦略ってご存じですか?-生き残るためにはどういう戦略が必要か?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
安定な戦略ってご存じですか?-生き残るためにはどういう戦略が必要か?のレポート Topへ