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- 消費増税の低所得者対策-軽減税率と給付付き税額控除
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1―はじめに
この4月、消費税が8%に上がった。さらに年末には10%に引き上げるかどうかの判断がなされる。消費税には逆進性の問題があり、所得が低いほど消費税の負担率(年収比)が大きいとの指摘がある。このため政府は10%段階の低所得者対策として軽減税率1と給付付き税額控除2を検討してきた。有識者らは給付付き税額控除を主張したが、与党は昨年12月に軽減税率を選んだ。
2―制度的には給付付き税額控除
制度的には給付付き税額控除が望ましい。その理由としては(1)低所得者対策の有効性、(2)制度設計上の問題、(3)納税事務負担の問題が挙げられる。
1│論点1:低所得者対策の有効性
全ての国民に恩恵がある軽減税率に比べて、低所得者に限定した給付付き税額控除の方が逆進性の緩和効果が大きいことは明白だが、ここでは同額の財源(2.5兆円)を充てた場合、逆進性の緩和効果がどの程度異なるか確認する。
結果は図表1のとおり。軽減税率の場合、負担率は全世帯で低下するが、第I階級では1.0%に過ぎない。
一方、給付付き税額控除の場合、第I階級の負担率は3.3%低下し、全体で負担率がフラット化(逆進性は概ね解消)する。つまり、低所得者対策としては給付付き税額控除の方が有効であると分かる。
2│論点2:制度設計上の問題
軽減税率は、どの品目に適用するかという線引きの曖昧さがよく指摘される。例えば、フランスでは贅沢品のキャビアは標準税率であるが、同じ贅沢品であるはずのフォアグラとトリュフは国内産業保護との名目で軽減税率が適用される。カナダでは、ドーナツ5個まではその場で食べられる外食扱い(標準税率)だが、6個以上なら食料扱い(軽減税率)となっている。
このように標準税率と軽減税率の線引きには、合理的な規準がないために制度設計者の恣意性が入ってしまう。このような制度では、消費者は「なぜこれが良くて、あれはダメなのか」と納得できない。また、消費選択も歪められるだろう。企業は制度遵守のためのコンプライアンス・コストや軽減税率適用をめぐる訴訟費用が発生する可能性もある。さらには業界団体による政治家への陳情合戦が繰り広げられ、特定分野が優遇されれば不公平感が広がる。なお、諸外国では軽減税率は利害関係が絡むために、一度適用されると取り止めることが難しいとも言われる。
一方、給付付き税額控除は、所得がいくらまでの世帯に、いくら給付するかといった客観的かつ合理的な制度設計が可能である。
3│論点3:納税事務負担の問題
軽減税率を導入すると、事務負担が増えるため企業側が反対している。これは以下のような話である。
企業には消費者から預かった消費税を納める義務がある。軽減税率を導入すると、税率が2種類となり軽減税率で仕入れた商品を標準税率で仕入れたことにするなど脱税行為に走る企業が出てきてしまう恐れがある。これを防ぐためには請求書に品目毎の税率・税額、通し番号の記載等を義務付けるインボイス方式が必須とみなされている。インボイス方式を導入すれば、企業の不正が防げるほか、税務当局は販売側・仕入側双方を容易にチェックできるようになる。
しかし、企業側(特に中小・零細事業者)は「税率・税額などの記載や税額計算の手間が増える」、「免税事業者が取引対象から除外される」とインボイス方式に反対している。現在、負担の少ない現行方式3の見直しで対応できる打開策を模索しているようだが、結局は税の透明性確保と企業の負担増はトレードオフであり、どこかで折り合いをつけなければならないだろう。
一方、給付付き税額控除であれば単一税率を維持し、インボイス方式を導入せずに済ませることも可能だ。
4│政治的には軽減税率
上述のとおり制度的には給付付き税額控除の方が有効な制度であり、世界では90年代以降、軽減税率を敬遠する動きも出ている。
しかし、政治的には軽減税率が選ばれた。軽減税率は消費増税に対する「国民の理解」が得られるとの理由だ。確かに軽減税率は、全ての国民が買い物の度に恩恵を実感できる制度である。実際に世論調査で軽減税率を望む声は多い。軽減税率は政権基盤の安定化に寄与する制度といえそうだ。
3―今後の低所得者対策
1|軽減税率の制度設計に向けて
低所得者対策は、制度的には給付付き税額控除が望ましい。しかし、政治が消費増税に対する国民の理解を得るため軽減税率を選んだことも一定程度理解はできる。
それでは、どのような品目に軽減税率を適用すると逆進性が緩和できるのだろうか。単純には低所得者(図表1の第I-II階級)と中高所得者(同第III-V階級)の負担率格差が大きいものに適用すると効果が大きいと考えられる。十大費目別にみると、教育以外であれば少なからず効果はあり、中でも(1)食料、(2)教養娯楽、(3)光熱・水道が有効である。しかし、食料など消費の割合が大きいものは政策に要する財源も大きくなる。そこで財源1単位当たりの負担率格差が大きい品目を算出した[図表3]。その結果から十大費目別では(1)光熱・水道、(2)保健医療、(3)食料の順に財源1単位あたりの効果が大きいことが分かった。
今後、政府は軽減税率の適用品目を絞り込む作業を進めていく。軽減税率の目的からすれば、検討過程で国民の意見を反映させることは必要であろう。国民への選択肢の提示または結果を公表する際には、財源の制約、分かりやすさ、中立性(特定品目優遇の議論)、逆進性の緩和の観点をきちんと説明するなど、少しでも国民の理解が得られるよう努めてもらいたい。
2│給付付き税額制度の可能性
給付付き税額控除の議論は、現在ストップしているが、軽減税率とどちらか一方である必要はない。従って、マイナンバー制度や総合合算制度など必要とされる環境が整い次第、実施してはどうだろうか。給付付き税額控除は、「正確な所得把握には限界がある」、「低所得の資産家にも恩恵が及ぶ」といった指摘もあるが、巨額の財政赤字を抱える日本にとって、少ない財源で効果的な低所得者対策ができる給付付き税額控除は有効だ。
軽減税率は一定程度に抑えて、給付付き税額控除で逆進性を緩和するという方法をとれば、財政負担を抑えながら低所得者の生活を改善することができる。当面は軽減税率の導入を急ぐにしても、将来的には2つの制度を共存させるという可能性も探りながら低所得者対策の議論を進めてもらいたい。
(2014年05月09日「基礎研マンスリー」)
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03-3512-1780
- 【職歴】
2008年 日本生命保険相互会社入社
2012年 ニッセイ基礎研究所へ
2014年 アジア新興国の経済調査を担当
2018年8月より現職
斉藤 誠のレポート
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