コラム
2013年11月28日

コミュニティ形成に期待される学生の力-地域の課題に向き合う再開発

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

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先日、御茶ノ水駅のほど近くにある再開発施設「ワテラス」で、4月にオープンして初めての避難訓練が行われた。この日は、土曜日ということもあり、41階建てビルの上層階にある分譲マンション居住者が参加した。誘導スタッフの指示に従い、避難階段を使って地上の広場に避難するという内容である。シニアの夫婦、小さい子連れの若いファミリー、高齢の祖父母を連れた世帯など、多くの居住者が避難階段を下りてきた。高層ビルや大型マンションでは、よくある避難訓練の光景だが、ひとつ異なるのは、学生が誘導スタッフとして参加していた点である。ワテラス内の学生マンションに入居する学生達だ。

統廃合で閉校となった旧千代田区立淡路小学校跡地を含むこの地域では、周辺の町会代表者などを含む協議会で、1995年からまちづくりの検討が進められてきた。この地域はバブル期に業務系用途の供給が進み、急速に居住機能が失われて、人口減少が進んだ。その結果、残された住民の高齢化が大きな課題になっていた。また、住民はこの地に愛着を感じ、引き続き住み続けることを希望していたため、老朽化する建物をいずれ建て替えなければならないという課題もあった。こうした課題を解決するまちづくりの手法として学校跡地を含む再開発事業が選ばれ、推進されることとなった。

再開発事業の目標として、新しい住民や就労者を迎え入れることによるコミュニティの活性化と防災機能の強化等を掲げ、この目標を実現するために都市計画の特例を活用して容積率の大幅な緩和を図り、オフィス全24フロアと分譲マンション333戸、スーパーが入る商業フロアの他、ホールやコミュニティカフェなどからなるコミュニティ施設、そして、36戸の学生マンションが建設されたのである。

こうしたハード面の機能にとどまらず、再開発事業の検討の中で必要とされたのが、新規住民や就労者および周辺住民など多様な属性の人々をつなぐ機能である。その結果、エリアマネジメント組織「一般社団法人淡路エリアマネジメント」が設立された。同組織は、「ワテラス」を拠点に、再開発エリアとその周辺地域におけるコミュニティづくりを目的として、イベントの開催、カルチャー教室や講座の提供、情報誌の発行といった地域交流活動を行っている。

学生マンションの運営も同組織が行っており、入居した学生は自動的に同組織の学生会員となって、地域交流活動の運営に参加する。この他、神田祭、千代田区の運動会、町会主催の夜警活動のどれか1つに参加しなければならない。これらが、周辺相場より安い賃料で提供する住宅への、入居条件になっている。

学生の力をまちづくりに活用することは、地域住民から出されたアイデアであったという。ワテラスが立地する「神田」は大学が多く、学生街としてのイメージが定着している。その意味で、学生は一つの地域資源といえるが、実際には、地域で暮らす学生は少ない。学生マンションへの入居条件は、地域資源である学生が地域に根を張って生活しながら、様々な属性をつなぐコミュニティ形成の担い手になることへの期待を反映しているのである。

昨今の都市再生事業では、「施設を整備してまちは完成」という考え方を排除し、そこから「まちを育む」考え方がスタンダードになりつつある。しかし、コミュニティ形成に正面から向き合う再開発事業はまだまだ珍しい。さらに、その担い手として学生を活用するだけでなく、住宅を提供することで、常に新しい学生の力を導入できる仕組みを設けている点は、まさにこの地域の課題に向き合う中から生まれた独創的な取り組みと言えよう。今後、中心市街地に居住機能の導入を必要とする都市のまちづくりにも示唆を与える取り組みといえるのではないか。コミュニティの力が減災の重要な柱である点からも、この取り組みの今後に注目したい。

防災訓練は、学生マンション入居者の「必修活動」となっている。管理会社と訓練内容を検討した結果、学生に誘導スタッフを担ってもらうこととなったという。訓練を担当した管理会社のスタッフによれば、「分譲マンションは高齢者の比率も高いことから、大学生という若い力が常にあることは居住者にとっても心強いはず。いずれ防災訓練の一部を企画から学生に担わせてみることも考えたい。そうすることで、学生もいざという時に自立的に行動できるようになるといい」とのことであった。

筆者としては、学生の企画の中から、周辺住民と一緒に防災訓練を行う取り組みが生まれることを期待したい。学生の入居は最長3年と定められていることから、学生が担う防災活動の継承も課題となる。定期的に入居者が入れ替わる中で、学生の主体的な防災活動を引き継いでいく仕組みができれば、一般の賃貸住宅にも応用できるモデルになるのではないか。そんな期待も感じさせるのである。


避難経路で居住者を誘導する学生スタッフ/避難誘導後初期消火訓練を行う学生達  (写真はいずれも筆者撮影)


本稿執筆に当たり、一般社団法人淡路エリアマネジメントおよびワテラスの管理を行う安田不動産株式会社に取材、避難訓練見学の面で協力いただいた。また、淡路エリアマネジメント事務局サブマネージャーで、安田開発株式会社の松本久美さんによる論文「一般社団法人淡路エリアマネジメントの設立背景とその役割」(地域デザイン学会「地域デザイン」第1号所収 研究ノート1)を参考にしている。特に再開発事業の背景や経緯の解説部分は本論文に追うところが大きい。深謝申し上げたい。


 

 
 1 東京都千代田区神田淡路町 「淡路町二丁目西部地区第一種市街地再開発事業」区域面積約2.2ha

(2013年11月28日「研究員の眼」)

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社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

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