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年金支給開始年齢の引上げ -財政状況を国民に的確に開示し世論の喚起を
金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸
2012年秋の三党合意に基づいて設けられた社会保障制度改革国民会議が、ようやく年金制度改革の議論に着手した。民主党政権の末期においては、最低保障年金の導入等を柱とする年金改革が議論されたものの、結局、自由民主党及び公明党とは十分な合意に至らず、社会保障制度改革国民会議に下駄を預ける形となったものである。ところが、その後の政権交代を経てからの民主党の党勢減退や、アベノミクスによってデフレ脱却を中心とする経済問題へ関心が向かったために、国民からの注目は社会保障問題から外れつつあるようにも見える。一方、引続き、生活保護の不正受給者逮捕が報道されているなど現状の社会保障制度に様々な問題があることは、静かに国民の深層意識の中に刷り込まれている。社会保障制度改革国民会議では、年金のみならず社会保障制度全般について議論することとなっていたため、三党合意で大まかな不公正について妥結していた年金制度改革は、やや遅れての議論開始となったように見える。それでも、与党となった自由民主党・公明党及び民主党の間では、定期的に協議が継続されており、「雇用形態の多様化(働き方の変化)と未納・未加入問題」「低年金・無年金者の増加」「マクロ経済変動と年金財政の整合など持続性に係る諸課題」「現行制度に対する、国民の不安、不信」といった大きな年金制度に関する課題が継続的に議論されてきたのである。
日本の年金制度が抱える大きな問題の一つとして、世帯単位なのか個人単位なのかが不明確になっていることを指摘できよう。戦後の経済成長を経て少子高齢化が進む中では、世帯を構成する夫婦を単位として年金制度を構築することの限界が露呈している。例えば、モデル世帯を前提とした年金による所得代替率を把握・設定することの意味は、大きく低下しているのである。必ずしもすべての国民が婚姻するものではないし、年金受給時に婚姻を継続しているとは限らない。離婚する夫婦が普通に見られるようになっただけでなく、伴侶が先立つケースもあろう。離婚時の年金分割は制度化されているものの、根本的には、年金の基本は世帯もしくは夫婦単位としたレガシーが残存しているのである。特に、自営業者等の配偶者は第一号被保険者として国民年金保険料を納付しなければならないのに対し、勤労者世帯の配偶者は一定以上の所得や労働実態がない限り第三号被保険者として、国民年金保険料の納付が免除されている。第三号被保険者の保険料は、配偶者である第二号被保険者の厚生年金保険料等に含まれていると仮想されているが、標準報酬月額によって年金保険料のテーブルを定めている現状では、扶養対象配偶者の有無に関わらず、同水準の標準報酬月額が適用される。つまり、標準報酬月額が同じ被用者は、第三号被保険者が同世帯にいてもいなくても、同じ厚生年金保険料を徴収されているのである。所得税の課税局面では、自営業者等に対する所得捕捉が甘く、被用者が不利とされる見方が多いものの、こと年金関連では、扶養対象となる配偶者を有する被用者にメリットがある形となっているのである。そういう意味では、扶養対象者のいない被用者がもっとも大きな負担を強いられていることになる。三党協議の中では、第三号被保険者に関する在り方・公平性が論点の一つとして挙げられており、今後の年金財政状況を改善させるためには、第三号被保険者に対する保険料の徴収や免除のあり方の見直しなどが有力な検討対象となることが想定される。
第三号被保険者問題がいわゆる専業主婦に対する年金保険料徴収の増加となる可能性が高いために、実際の見直し作業をはじめると、世論の評判が悪くなることは必至であり、選挙への影響を含めて政権側が躊躇し強行する勇気を失う可能性が高い。同様に、政権与党にとって容易に手を付けられないのが、年金の支給開始年齢引上げである。民主党政権下において検討が俎上に上がった際には、メディアが大反対キャンペーンを行った。今回の消費税率引上げに関しては、メディアの多くは軽減税率を訴える等単純な反対ではなかったが、いつの時代でも、世論は徴収額の増加に反対し減税等負担の減少を支持する。年金の支給開始年齢引上げの引上げについて、何も考えずに賛成とする国民は、まずいないだろう。支給開始年齢が引上げられるということは、それに至らず亡くなった場合には年金を受け取れない(遺族年金は存在する)だけでなく、支給開始年齢までの生活を賄うために、定年延長等の高齢者雇用制度が必要になるのである。
今後の年金財政の予想を見る限り、また、年金のみならず医療・介護や生活保護といった社会保障全般の負担が逓増することは、少子高齢化の進む日本社会において必至である。公的年金に関しては、マクロ経済スライドによって年金財政が著しく悪化しないよう調整機能が設けられており、少子高齢化の進行を前提にすると、インフレによる物価上昇がない限り公的年金の支給額は削減される方向にある。将来の年金受給者にとっては、現状よりも大きく削減された年金を長く受取るのか、現状程度の水準(世帯レベルでの所得代替率が50%程度)を削減された年数で受取るのか、判断を求められる時期がいずれやって来るのである。それを、個々人の選択に帰するのか、制度としてどのように設計するのか、今後の議論を深める必要がある。年金支給開始年齢の引上げは、高齢者雇用の仕組みとリンクして検討されるべきであり、社会保障制度改革国民会議は、そのための存在であると期待したい。
諸外国の年金支給開始年齢と引上げの計画を見ると、日本よりも長期的な観点で緩やかに支給開始年齢を引上げている。日本の年金財政及び国家財政の状況に鑑みると、早急な年金負担の軽減が必要であるとされるが、国民の負担や反発を抑えるためにも、なるべく緩やかな形で、しかし、着実に年金の支給開始年齢を引上げる必要がある。まずは、これから行われる年金財政の再計算結果を、いたずらに加工することなく、白日に提示することで国民の理解を得ることが必要だろう。「百年安心」な年金制度といった誤解を国民に持たせたことで、近年の年金制度改革が後手に回っているように見える。適切な情報開示は企業経営にとっても必須であり、政府に関しても同様であろう。単純な“知らしむべからず”といった考え方では、国民が大きな負担増を甘受する姿勢を取る可能性は低くなるのではなかろうか。
(2013年05月20日「研究員の眼」)
03-3512-1845
- 【職歴】
・1986年 日本生命保険相互会社入社
・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
・2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
・日本ファイナンス学会
・証券経済学会
・日本金融学会
・日本経営財務研究学会
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