- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 暮らし >
- 人口動態 >
- 「女性手帳」で子どもは増えるか -「女性手帳」批判から考える説得的コミュニケーションのあり方
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
内閣府の少子化危機突破タスクフォースの中で取り上げられた、いわゆる「女性手帳」の配布について、各処で批判の声があがっている。主要な批判の内容としては、(1)結婚や出産は個人、あるいは男女の自由意志によるものであり、政府が方向づけする類の話ではないとするもの、(2)男女双方が考えるべきものであり、女性にのみ「女性手帳」を配布するのは晩婚化や晩産化の責任を女性に転嫁している、とするものに大別できよう。
本来、結婚や出産は個人の自由意志に委ねられるべきであり、晩婚化や晩産化は男女双方が責を担うべきものである。したがってこれらの批判は正鵠を射たもののように思われる。このような批判が事前に十分予測できたと思われるなかで、少子化危機突破タスクフォースにおいて敢えて「女性手帳」の配布が取り上げられた背景には、様々な政策を積み重ねてきたにも関わらず、出生率の改善が緩やかにしか進んでいないことに対する政府の危機感の強さがあるのではないだろうか。実際に、出生率は2011年では1.39と人口置換水準(同2.04)には遠く及ばず、出生数も減少傾向が続いている。2011年の出生数は105万人と2000年から約14万人、率にすると1割以上も減少しているのが現実である。また、母の年齢別に出生数をみても、2000年時点に比べ30歳未満の層では3割以上の減少1を示しており、晩婚化、晩産化の影響が鮮明に現れている(図表 1)。
加齢が妊娠・出産にもたらすリスクについて知ることが、将来の出産を希望する者の生活設計に少なからず影響を与え、晩婚化、晩産化の傾向に歯止めをかける効果があるとすれば、手段は別にしてこのような説得的コミュニケーションを通じて啓蒙を図ることにも意味はあるだろう。実際に、公開されている資料や議事概要から少子化危機突破タスクフォースでの議論をみる限り、個人の自由意志を制限しようという意図はなく、また、将来的には「男性手帳」の配布も検討する予定とするなど、結婚や出産に関する生活設計が正しい知識のもとで行われることを意図しているにすぎないように思われる2。
しかし、一般に受け手の行動や意見を特定の方向に変化させることを狙った説得的コミュニケーションにおいては、送り手の意図が受け手の意思決定上の自由を脅かすものである場合、説得を受け容れないよう動機づけられる、心理的リアクタンス効果が働くといわれている3。したがって、今回のケースのように批判が相次ぐ中では、このまま配布を進めても、説得の効果は極めて限定的なものに留まるのではないだろうか。
今のところは「女性手帳」の効果について評する段階にはないが、少子化危機突破タスクフォースでの議論の意図が正しく伝わっていないことが相次ぐ批判の原因であるとすれば、政策の是非はともかく、コミュニケーション戦略上の失敗であると言わざるを得まい。真に政策効果をあげ、少子化を解消していくためには、実効性のある方策の検討もさることながら、個々の生活者が自らの意思を尊重されていると感じ、説得を受け容れていこうと思えるようなコミュニケーションを図っていくことも重要ではないだろうか。
(2013年05月15日「研究員の眼」)
井上 智紀
井上 智紀のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/03/07 | 4つの志向で読み解く消費行動-若者は「所有より利用」志向、女性やシニアは「慎重消費」志向 | 井上 智紀 | 基礎研マンスリー |
2024/01/19 | 4つの志向で読み解く消費行動(1)-若者は「所有より利用」志向、女性やシニアは「慎重消費」志向 | 井上 智紀 | 基礎研レポート |
2023/04/27 | 投資経験の拡がりと今後の意向-経験者は増えるものの課題はリテラシーの向上 | 井上 智紀 | 基礎研レポート |
2023/04/27 | 「第12回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」 調査結果概要 | 井上 智紀 | その他レポート |
新着記事
-
2025年04月25日
世界人口の動向と生命保険マーケット-生保マーケットにおける「中国の米国超え」は実現するのか- -
2025年04月25日
年金や貯蓄性保険の可能性を引き出す方策の推進(欧州)-貯蓄投資同盟の構想とEIOPA会長の講演録などから -
2025年04月25日
「ほめ曜日」×ご褒美消費-消費の交差点(9) -
2025年04月25日
欧州大手保険グループの2024年の生命保険新契約業績-商品タイプ別・地域別の販売動向・収益性の状況- -
2025年04月25日
若手人材の心を動かす、企業の「社会貢献活動」とは(2)-「行動科学」で考える、パーパスと従業員の自発行動のつなぎ方
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【「女性手帳」で子どもは増えるか -「女性手帳」批判から考える説得的コミュニケーションのあり方】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
「女性手帳」で子どもは増えるか -「女性手帳」批判から考える説得的コミュニケーションのあり方のレポート Topへ