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液晶を例に企業と経済を考える-選択と集中を誤ると、企業の収益性が低下するだけではない

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸
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近年、街を歩いて歩き難くなったと感じることはないだろうか。特に、駅のプラットフォームや歩道のような狭い通路で顕著に感じることが多い。これは、決して筆者が歳を取ったからだけでなく、明らかな要因が存在すると考えられる。その筆頭に上げられる原因は、スマートフォン(以下、「スマホ」)や携帯電話の画面を見ながら歩いている人間が多くなったからである。また、電車の中では、携帯型のゲーム機でゲームに興じている若者も少なくない。以前から車内で読書をする人間は珍しくないが、空いている車内で新聞を広げることはあっても、混雑してきたら文庫本程度に留めるのがマナーであろう。一方、歩きながらの場合には、新聞を読むことは稀であり、文庫本を読む人間が混雑していない広い通路で見かけられる程度ではないか。しかし、スマホや携帯電話の場合には、機器を広げているという感覚が乏しいことから、周囲に対する注意力が散漫になってしまっている。自分の「ながら歩行」が、周囲の迷惑になっているかもしれないという自覚は乏しいだろう。確かに行き先の検索や鉄道等の運行状況を調べるのには便利であるが、果たして延々と歩きながら、画面を見続ける必要があるのか。また、それが社会人として適切な行動なのだろうか。必要な検索は、周囲の邪魔にならない場所で、立ち止まって行えば良いのである。
車の運転中の場合には、ハンドフリー設備等を利用しない場合の携帯電話の使用が禁じられている。しかし、実態としては、運送業者のみならず個人の場合でも、道を行く自動車を見ると、ちょっとした使用例は見られる。歩行中のスマホ等の使用の場合でも、駅のホームからの転落事故や前方不注意で衝突する事故の発生が報じられている。前方から歩いて来る人間が健常者ならともかく、視覚等に障害のある方だったらどうであろうか。歩きながらのスマホや携帯の利用については、機器のメーカー及び通信キャリアの両者に対して、利用者に注意を呼びかけるように、消費者庁は強く指導すべきであろう。事故の発生した場合には、メーカーに対して何らかの形で製造物責任を問うことも考えられるのではないか。日本の法制では直接的な責任を問うことはできないと思われるが、アメリカ等の場合には、十分な注意文言が付されていなければ、集団訴訟の対象にすらなりかねない。
このような状況になった背景には、やや筆者の勝手な推測であるが、液晶及び液晶を利用した機器を製造する企業に経営余力がなくなっていることもあるのではないか。「亀山モデル」で一世を風靡したシャープが最たる例であるが、それ以外にも液晶に関連した製品を製造する企業の業績は厳しい。液晶テレビを見ても、かつて1インチ1万円と言った時代から、あっという間に価格は低下して、現在の廉価モデルでは1インチ1千円程度にまで価格が下落している。この背景には、テレビの地デジ化やエコポイントの導入・ロンドン五輪の開催といったイベントに売上を大きく依存したマーケティング戦略の問題があり、更には、新商品を継続的に出し続けなければならないという自己暗示的なプレッシャーすら存する。技術の進歩を否定する気はないが、長く続く商品を売り続けるという販売手法が、なぜうまく行かないのか。電機器具にせよ、自動車にせよ、毎年や半年ごとに、すぐにモデルチェンジを繰り返すというビジネスモデルは、常に自転車操業で走り続けているようなものだからではないか。
液晶の例に戻ると、前述のように、液晶パネルとそれを利用した器具の価格は、広く普及するとともに大きく下落し、特に小型液晶画面に関しては、利潤が著しく低下した。その結果として、多くの日本メーカーが液晶製造部門を分離・合弁化等することになったのである。しかし、結果から見ると、将来コモディティ化することが必至であった液晶に経営資源を集中投入するというのは、「選択と集中」の失敗であった。今利益率の高い製品が、将来にわたっても同様の利潤を生むかどうかは、当該ビジネス領域の展開を見通して判断することが必要であり、それが企業の経営力なのである。
冒頭の例で述べたような、周囲に十分眼を配ることができなくなった日本人が増えている背景には、近年の教育問題があるのかもしれない。しかし、本稿でそれを論じる余力はない。むしろ懸念されるのは、将来ビジョンを描く力の低下している日本企業であろう。足元の円安と株高に浮かれている経済を見ると、海外でそれが実態の伴わない「ブードゥーエコノミクス」と揶揄されているのが良くわかる。日本の政治は劇場型になったと言われ、政治家が支持率の上下に一喜一憂するようになったが、その背景にあるマスコミの情報伝達と国民の受入れ方が、日本経済にも同様の影響を及ぼすようになっているのではないか。改めて足元の経済実態と企業の状態を確認するべきではなかろうか。
(2013年02月22日「研究員の眼」)

03-3512-1845
- 【職歴】
・1986年 日本生命保険相互会社入社
・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
・2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
・日本ファイナンス学会
・証券経済学会
・日本金融学会
・日本経営財務研究学会
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