コラム
2012年09月19日

増資インサイダー取引はデータ分析により解き明かすことが可能か?

大山 篤之

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増資インサイダー取引は、資本市場の信頼を根底から揺るがす不祥事と言っても過言ではない。そこで、この取引がどの程度の影響を市場に与えていたのか、また、それを株価データからどこまで読み取れるか考察してみたい。

増資インサイダー取引とは、増資情報が公表される前にその情報を入手し当該株式を売り、増資情報が公表され、株価が十分に下落してから買い戻すことで利益を上げる取引である(無論、必ずしも買い戻す必要はない)。増資情報で株価が下落する主な理由は、(1)株数の増加による供給超過の懸念や、(2)経営者が増資を行ううえで考察する資金調達方法の選択、等である。(2)について言えば、銀行からの借入れや社債発行による調達といったいくつかある調達方法から株式発行を選択したということは、足元の株価が割高と判断し、資金調達に適していると意思決定した、と市場関係者は解釈するわけである。当然、実際の経営に携わっている経営者の方が市場参加者より多く自社情報を有しているのだから、経営者の株価割高評価は、市場参加者に株の売りを誘発する。これらの理由が合わさり株価は一時的に下落するとされている。

では、2012年3月、5月に証券取引等監視委員会がインサイダー取引として摘発した2つの増資銘柄(国際石油開発帝石:増資公表日2010/7/8、日本板硝子:増資公表日2010/8/24)を取上げ、株価の軌跡を月次(2009/8~2011/5)と日次(日本板硝子:増資公表前10日、後4日)で見てみよう。まず左図(網掛け部分)であるが、両銘柄とも増資公表月前後2ヶ月は価格下落局面にあり、市場全体の指標であるTOPIXも下落傾向にある。

月次株価データ/日本板硝子とTOPIXの増資前後の日次株価データ


また、日本板硝子(右図)の場合、増資公表日前後(網掛け部分)の株価下落はTOPIXと強く連動していることがわかる。このため、増資情報公表前の価格下落が増資インサイダーによるものなのか、市場と連動した結果の下落なのか判断することは難しい。

そこで株価データに少々加工を施してみよう。まず、増資情報公表前後10日間に焦点をあて、かつ、市場全体の値動きを取り除き、その上で前後10日間の累積超過収益率で考察する。


対TOPIX 累積超過収益率

先に説明したとおり、増資情報公表後の急落は、増資情報を市場が織り込んだ結果である。この図表で注目すべきは、一部の報道で組織的に未公表情報をほのめかされていたとされる増資公表前の4日間であり、累積超過収益率が±5%内で推移していた株価が急落したことである(網掛け部分)。超過収益率の累積値は、増資公表前の4日間で-10%となり、その5日後には-15%から-25%に達するのだから、事前に増資情報を知った一部の投資家は、たった一週間たらずで約15%もの利益を手にした可能性もある。

勿論、大型株・小型株により効果の程度は違えど、疑わしい増資の特定に対しては、このデータ加工にも限界があり、増資公表前後の売買高の増加率や、業績予測の下方修正といったリビジョン等を突合せ、総合的な判断が求められることは言うまでもない。しかし、このような株価データの簡単な加工でも、インサイダー取引の疑いのある銘柄をある程度は抽出できるかもしれないことは記憶に留めておいて損はない。


 
 ここでは、有償増資の公募を想定している。
 ただし、経営者の割高・割安評価とは関係なく、経営者の投資に対する自信のアナウンスメント効果がある場合、上昇も起こりうる。
 本レポートでいう超過収益率とは、実際の収益率からTOPIXの収益率(市場全体の値動き)より期待される収益率を取り除いた部分である。日本板硝子を例にすると、『日本板硝子の超過収益率 = 日本板硝子の実際の収益率 - TOPIXの収益率に対する日本板硝子の感応度(=ベータ値) × TOPIXの収益率』となる(ただし、無リスク利子率は0と仮定)。
 大型株の場合、売買高では全く判別できないこともあり、また、不審口座の取引チェックすら膨大すぎて困難を伴う。
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