コラム
2012年05月30日

「原発」とどう向き合うのか~原発問題には両論併記ではなく「ロードマップ」を

谷本 忠和

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5月6日、2010年度に全電力量の2割以上を供給し、東日本大震災直前には30基以上が稼働していたすべての原子力発電が42年ぶりに止まった。夏場の電力不足を控え福井県「大飯原発」の運転再開やエネルギー戦略の再構築の議論が熱くなっているが、「安全で、安く、環境汚染もないエネルギー」は、直ぐには手に入らない。

1957年、英国の小説家ネヴィル・シュートは、「第三次世界大戦が勃発し人類の滅亡が避けられない世界を舞台に、最後の生存者となったオーストラリア住民が南下する放射性物質の現実をともに受け入れ、延命を選択せず薬物による安楽死を望み、死を覚悟しながら残された人生を楽しむ人類の最後」を描いた。この放射性物質が、今、原発への不安として注目を集めている。
   1986年の(旧ソ連)チェルノブイリ原発事故から四半世紀が過ぎ、福島の原発事故は人類にとって原子炉そのものが大きなリスクであることを改めて知らしめた。しかも、人類は使用済み核燃料(高レベル放射性廃棄物)や将来の廃炉もその最終処分について未だ解決策を持っていない。使用済み核燃料の中には放射能の半減期が数万年に及ぶものもあり、人類は今後、原子炉と増え続ける使用済み核燃料とともに生きなければならない。
   「脱原発」先進国の中ではドイツが2000年に合意をしている。その後、一旦、原発稼動期間延長の決定があったが、福島原発事故後の2011年6月に議会は「脱原発」の再決定を行なった。しかし、そのドイツでも原発は現在も稼動しており、その決定は「全原発の即時停止」ではない。2022年までの「段階的脱原発」である。「ロードマップ」があるのだ。
   最近の新聞で、「原子力について住民としてもっと理解を深め、住民からものをいうべきだった。」という避難を余儀なくされている被災者の弁が紹介されていたが、ドイツで原発の反対運動が始まったのは30年以上前、それは環境汚染と放射性物質の危険性を住民が知ったこと、知ることに拘った住民がつないできたからだという。しかし、日本にはその時間はない。
   ドイツと同じく、スイス、イタリアも「脱原発」を決定している。一方、日本は今、まさに国を挙げてエネルギー基本計画の見直しを行なっているところである。エネルギーに高いコストを強いられ、世界第三位の原発(54基)を持つ日本には、もちろん、今後も原発を選択しその技術革新の道を歩むことは残されている。しかし、まずは「福島原発事故の被害の現実」を受け入れ、さらに選択肢となる「原発、化石燃料、再生可能エネルギー」の「安全性、コスト、環境汚染」の実情を具に受け入れた上で、原発とどう向き合うのか、両論併記でなく「ロードマップ」を決めてしまうことが大切ではないか。そして、その「ロードマップ」から将来をみた時、小説家ネヴィル・シュートが描いた世界から日本が遠ざかっていくという確信を持ちたいものだ。

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