コラム
2011年09月21日

「顧客起点」とはどういうことか

生活研究部 主任研究員 井上 智紀

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とあるブログの記事から、「Undercover Boss」というTV番組の存在を知り、先日ようやく視聴することができた。

この番組は、一般の素人が直面する実体験を映しだすリアリティショーの一種であり、2009年の英国での放映以降、いくつかの国でローカライズしたものが放映されているほか、米国CBSが製作したものも、10か国以上で放映されているようだ。内容の詳細は別に譲るが、文字通り大企業のトップが自社の最前線に「潜入調査」するというもので、変装・偽名により身分を伏せ、一介の新人として自社の様々な最前線の実務を体験していく過程を映し出していく。表向きは「新人の仕事についてのドキュメンタリー撮影」という理由になっているとはいえ、収録のためカメラが同行しているので、仕事を教える先輩従業員の仕事ぶりや発言の内容にはある程度割り引いて見なければならない部分もあるだろう。

それでも、参加した企業のトップたちは、自身の体験や、従業員との会話を通じて、オペレーションの中に潜む非効率や指示の不徹底、社内の各種制度の不備など、様々な問題を見出し、改善に向けた意思決定につなげていくのだ

番組を視聴し始めてすぐには、他所の会社の仕事ぶりを垣間見ることの面白さに惹かれ、また、自社のトップが新人に扮していることを知らない(はずの)従業員の多くが、実に前向きに、楽しんで仕事に取組んでいる、その意識の高さに感心していただけだったのだが、視ているうちに、ここで示されている企業トップと従業員との関係が、消費者と企業との関係においても同じであることに思い至った。

大半の企業は様々な方法で消費者のニーズを探り、商品開発やプロモーションなどの企業活動に活用している。しかし、これらの企業の中で、本当に消費者の目線にたって彼らのニーズを探り、自社の技術(知識)によるソリューションを提案し続けているところは一握りにすぎないのではないだろうか。多くの業界で、毎年多くの新商品・サービスが上梓され、そのほとんどが1年と経たずに市場から消えていく現状の背景には、従来の方法だけでは、消費者のニーズを把握することが出来なくなってきていることもあるだろう。

消費者が本当に望んでいることを把握するためには、トップが変装までして従業員と同じ目線に立ったように、消費者と同じ目線に立って同じように体験し、彼らの意見に耳を傾けることが必要である。マーケティングに関連してよく言われる「顧客起点」とは、まさにこのような姿勢にたつことであり、あくまでも企業側に視点をおく「顧客志向」とは本質的に異なる企業姿勢が求められているのだ。

自社の商品・サービスについて、企業側の立場を離れて一般の消費者と同じ目線にたつことは、変装とは異なり、簡単なようでいて極めて難しい。それでも、消費者の琴線に触れるような商品やサービスを提供するには、あらゆる手段を講じて消費者のニーズをつかみ、顧客価値を高めていく以外の途はない。

トップダウンで決まった社内制度の改善に顔を輝かせて喜ぶ画面の中の従業員と同じように、一消費者としても消費者行動の研究者の一人としても、その存在に心が躍るような商品やサービスを、少しでも多く目にできることを願ってやまない。
 
1 番組の最後では、一緒に働いた従業員に身分を明かして謝罪した上、様々な課題についても改善を約束している。
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生活研究部   主任研究員

井上 智紀 (いのうえ ともき)

研究・専門分野
消費者行動、金融マーケティング、ダイレクトマーケティング、少子高齢社会、社会保障

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