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- 受診時定額負担は決定事項か~反対できない改革案の危うさ~
コラム
2011年06月16日
今月2日に社会保障改革に関する集中検討会議が示した「社会保障改革案」は、文字通り、年金・医療・介護をはじめとする社会保障改革の話に加え、消費税増税の話、共通番号制の話など、一つひとつを取り上げても“重い”論点が、非常にスッキリとまとめられている。僅か18日間の公表期間を経て、20日に「成案」が示されるのだから、このまま内容はさほど変わらないのであろう。
社会保障(ここでは私の担当領域である医療分野と介護分野を中心に考えるが)の改革項目は、どれも税と社会保障の一体的改革(以下、一体改革とする)の前から議論されてきたもので、特に目新しいものはない。公費ベースの充実(プラス)と重点化・効率化(マイナス)も試算されているが、専門職の増強や在宅介護サービスの充実、また、介護予防・重度化予防などは、今後の“工程”として示されている診療報酬・介護報酬の体系的見直し、基盤整備のための一括的な法整備などを待たなければ本当の財政効果は分からない。果たして、これで幾度となく政局のネタとなった消費税増税の根拠となるのであろうか。
さて、一体改革の中身に目を向けると、いくつかの即効性がありそうな改革項目がある。医療分野の重点化・効率化に区分されている「受診時定額負担の導入」と「医薬品の患者負担の見直し」である。後者は項目の提示にとどまっているが、前者については、わざわざ“例えば”とした上で「初診・再診時100円負担の場合、▲1,300億円」と違和感を覚えるほどに具体的な数字を示している。この分かりやすい具体例は、翌日の一般紙で“想定通り”大々的に決定事項のように取り上げられた。その際は更なる患者負担増の是非や100円という額の妥当性が問題視されたが、問題点の本質は「患者負担の“新たなルール”の導入」にある。患者負担割合を現在の3割としたのが2003年(被用者保険の引上げにより一律化)、その時には「社会保険制度としてギリギリの負担割合でこれ以上の引上げは行わない」とされた。しかし、割合の引上げではなく定額負担という形にすり替えて患者負担の新たなルールを、然るべき場での議論を飛び越えて既成事実化しようとしているプロセスは、将来の大きな問題をはらんでいるのである。
そしてさらに、プロセスの中でもう一つ。この定額負担の導入が「高額療養費見直し*の原資1,300億円」のバーターと明記されている点に着目したい。ここで危惧されるのが、“いいこと”のために使うことが強調され、“反対できない(しにくい)空気”が作られていることである。確かに高額療養費制度の不公平の是正は必要なことではある。しかし、それはあくまで制度上の不備であり、それを直接的に患者全体の拠出によって賄うというのは少々乱暴な話ではないか。
今は「“1,300億円”だから“100円”負担」で済んでいるが、早晩、「他にも見直したいモノがあり、何千億かかります。だから今度は500円負担にして下さい。“いいこと”のために使うのだから、反対しないでね。」となってもおかしくはない。新たなルールの導入はこれを可能にし、そして何より、併せてまた“反対できない空気”が作られることが怖い。
*高額療養費制度の見直し
高額療養費制度とは、3割の患者負担に所得等に応じた月額上限が設定され、その超過額が保険者から払い戻される仕組み。これに年額上限を設定するなど、制度上生じる不公平を是正する見直しが検討されている。
社会保障(ここでは私の担当領域である医療分野と介護分野を中心に考えるが)の改革項目は、どれも税と社会保障の一体的改革(以下、一体改革とする)の前から議論されてきたもので、特に目新しいものはない。公費ベースの充実(プラス)と重点化・効率化(マイナス)も試算されているが、専門職の増強や在宅介護サービスの充実、また、介護予防・重度化予防などは、今後の“工程”として示されている診療報酬・介護報酬の体系的見直し、基盤整備のための一括的な法整備などを待たなければ本当の財政効果は分からない。果たして、これで幾度となく政局のネタとなった消費税増税の根拠となるのであろうか。
さて、一体改革の中身に目を向けると、いくつかの即効性がありそうな改革項目がある。医療分野の重点化・効率化に区分されている「受診時定額負担の導入」と「医薬品の患者負担の見直し」である。後者は項目の提示にとどまっているが、前者については、わざわざ“例えば”とした上で「初診・再診時100円負担の場合、▲1,300億円」と違和感を覚えるほどに具体的な数字を示している。この分かりやすい具体例は、翌日の一般紙で“想定通り”大々的に決定事項のように取り上げられた。その際は更なる患者負担増の是非や100円という額の妥当性が問題視されたが、問題点の本質は「患者負担の“新たなルール”の導入」にある。患者負担割合を現在の3割としたのが2003年(被用者保険の引上げにより一律化)、その時には「社会保険制度としてギリギリの負担割合でこれ以上の引上げは行わない」とされた。しかし、割合の引上げではなく定額負担という形にすり替えて患者負担の新たなルールを、然るべき場での議論を飛び越えて既成事実化しようとしているプロセスは、将来の大きな問題をはらんでいるのである。
そしてさらに、プロセスの中でもう一つ。この定額負担の導入が「高額療養費見直し*の原資1,300億円」のバーターと明記されている点に着目したい。ここで危惧されるのが、“いいこと”のために使うことが強調され、“反対できない(しにくい)空気”が作られていることである。確かに高額療養費制度の不公平の是正は必要なことではある。しかし、それはあくまで制度上の不備であり、それを直接的に患者全体の拠出によって賄うというのは少々乱暴な話ではないか。
今は「“1,300億円”だから“100円”負担」で済んでいるが、早晩、「他にも見直したいモノがあり、何千億かかります。だから今度は500円負担にして下さい。“いいこと”のために使うのだから、反対しないでね。」となってもおかしくはない。新たなルールの導入はこれを可能にし、そして何より、併せてまた“反対できない空気”が作られることが怖い。
*高額療養費制度の見直し
高額療養費制度とは、3割の患者負担に所得等に応じた月額上限が設定され、その超過額が保険者から払い戻される仕組み。これに年額上限を設定するなど、制度上生じる不公平を是正する見直しが検討されている。
(2011年06月16日「研究員の眼」)
阿部 崇
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