コラム
2010年07月22日

増税で経済成長は暴論か?

櫨(はじ) 浩一

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1.成長を制約する需要不足という問題

菅総理は「増税による成長」を掲げ、先に行われた参議院選挙の際には消費税率の引き上げに前向きの姿勢を見せていた。増税しても医療、介護といった分野に政府支出を集中させれば、経済成長に結び付くというのが菅総理の持論だという。筆者は「増税して政府支出を増やす」という考えには反対だが、全くの暴論だと頭から否定するのは問題だと思う。

成長戦略と言えば、通常は潜在成長率を高めること、つまりは設備投資や技術の進歩によって生産力を高めるという供給面の対応を意味する。全くの暴論だという言い方は、長期的には潜在成長率が経済成長を決めている、つまり需要不足は短期の問題だという、短期と長期の二分法に基づく考え方から発している。

しかし、現在の日本経済は供給力が需要を大きく上回っており、GDPギャップはGDPの5%程度もある。供給力を高めても需要不足で生産能力を発揮できない状態にあり、いかにして安定した需要を作り出すかということこそが、持続的な経済成長を実現する上での大きな問題である。

2.増税でGDPは増えるが

需要不足の経済では、財政赤字を出して政府支出を増やせばGDPが拡大する。同時に同額の増税を行って財政赤字を増やさないようにしたら景気刺激効果がゼロになりそうなものだが、そうではない。増税分の一部は貯蓄が減ることで賄われるが、政府支出は増税分だけ増えるので、乗数効果を通じてGDPは拡大する(注を参照)。増税してその分を政府支出に回せばGDPが拡大するというのは、経済学の基礎知識である。政府が6月に発表した経済成長戦略の中には、わざわざ「均衡財政乗数はプラスである」とカッコ書きされているが、これも標準的な試験問題で良く問われる知識である。

政府支出を増やす一方で同額の増税をおこなうという方法は、政府債務残高が累増して財政赤字の縮小が課題とされる状況下で、財政バランスを悪化させないでGDPを拡大する方法を考えていけばたどり着く、ひとつの方策なのだ。

3.増税で成長のどこが問題か

増税で政府支出を増やすという考え方が問題なのは、税金で集めた資金を何に使うのが望ましいのかということは人によって考え方が異なるからだ。菅総理は福祉や介護に支出することが「正しい」と思っているのだろうが、そう思わない人もたくさんいるし、相変わらず公共事業に支出することが正しいと言っている人もいるのである。増税で需要を作り出すとしても、どのような需要を作れば良いのかという点について合意を得ることは難しい。教科書に書いてあるとおり、増税して政府支出を増やすという方法でGDPは拡大するはずだが、増税によるマイナスと政府支出増のプラスの差し引きで多くの人々の満足度が高まるとは限らない。残念ながら結局増税は実現せずに財政赤字だけが残るという結果になりかねないだろう。
 
(注) 消費:C、G:政府支出、I:設備投資、T:税、α:消費性向とすると
   GDPはY=C+G+Iである。
   政府支出を税収でまかなうとするとG=Tで、所得と消費の関係C=α(Y-T)だから
   Y=α(Y-T)+T+I
   これを整理すると、(1-α)Y=(1-α)T+I
   Y=T+I/(1-α)
   となり、均衡財政乗数は1であることが分かる。
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