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読者の中には、米国の高校生が授業で株式投資のゲームをしているテレビ映像をみた記憶がある方もおられよう。金融についての消費者教育への関心が日本で高まったのは金融ビッグバン後の2000年頃のことだった。2000年6月の金融審議会答申では、消費者教育の体系的・効率的実施が重要とされた。さらに貯蓄広報中央委員会の名称が金融広報中央委員会に変更され、2001年の骨太の方針(小泉内閣)や金融庁の証券市場の構造改革プログラムでは「貯蓄から投資へ」に向けた課題の一つとして、投資家教育が取り上げられた。その後も、審議会答申や立法過程においてことあるごとに、金融経済教育や投資教育の必要性が強調されてきた。加えて、2001年に導入された企業型確定拠出年金では、加入者に対する投資教育の努力義務を事業主に負わせた。
確かに1,400兆円の個人貯蓄のうち、800兆円が現預金に充てられている現状では、投資教育を通じてリスク分散を図りつつ株式や投資信託への配分を増加させることができれば、家計の資産運用を効率化できるようにみえる。
しかし、この想定は楽観的すぎると思う。第1に教育の効果には個人差が大きい。目の前の仕事など他のことに関心がある人、理解しようという意欲の低い人には機会や場所を提供しても効果がない。実際、戦略的な金融教育を実施しているとされる米国の学生の金融知識をテストした結果は、日本人とあまり変わらなかったという。この数年、自分の収入ではとても返せない額のサブプライム住宅ローンを数多くの人が借りていたことも、教育の限界を示している。
第2に投資教育の結果、リスク分散をしつつ株式や投資信託への投資が増えたとしても、改善されるのはあくまでも事前の「期待リターン」に過ぎない。事後的な結果である運用収益は、環境に左右される。サブプライム危機以降のような市場環境ではリターンの改善は望むべくもない。知識を身につけても結果が得られるとは限らない点は、通常の教育とかなり異なる。
老後の準備の必要性などの啓蒙のように、経済・金融教育には一定の意義があろう。しかし、「貯蓄から投資」と言って、投資教育を通じて家計のリスク資産保有を増やそうという考えには疑問がある。確定拠出年金でも、加入者教育に過大な期待をかけるべきではない。
最新の家電や自動車の普及は、消費者教育ではなく供給側の製品開発に依存してきた。商品が売れない原因を買い手側の知識不足に求めることには首を傾げざるを得ない。金融技術の活用に長けた金融業者やその商品を選択する事業主の側にこそ、誰でもが簡単に理解でき、なおかつリスク・リターンからみて効率的な商品を提供する責任があるのではないか。
(2009年06月24日「基礎研マンスリー」)
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