コラム
2008年12月12日

オバマ次期米大統領の文化政策-グローバル経済の中で勝ち抜くために芸術教育へ再投資を

吉本 光宏

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先日参加した(社)企業メセナ協議会の研究部会で、次期米大統領バラク・オバマの文化政策に関するマニフェストの存在を教えていただいたi。金融危機に伴う経済政策やイラク問題などに注目が集まっているが、その資料を見る限り、オバマ次期米大統領の文化政策は、実にしたたかで戦略的なものとなっている。

「Champions for arts and culture」というタイトルは、いささか短絡的に思えるが、「芸術支援のプラットフォームの構築」が基本政策として掲げられ、次の6つの戦略が示されている。(1)芸術教育への再投資(学校と芸術機関との官民パートナーシップの拡充、芸術教育を担うアーティスト組合の創設、芸術教育の重要性の啓発普及)、(2)全米芸術基金の助成額の増大(92年の1億7,500万ドルから1億2,500万ドルにまで落ち込んだ助成額の増大)、(3)文化外交の拡充(現在最低レベルに落ち込んでいる文化外交をてこ入れし、イスラム過激主義に対抗するためにも、世界中で米国の文化や芸術の国際交流を拡充)、(4)海外の芸術家の誘致(9.11以降のビザの規制強化を見直し、米国を敬遠していたアーティストや学生を呼び戻すため、ビザの手続きを合理化)、(5)芸術家への保険医療の提供(個人で活動するアーティストにとって大きな課題となっていた健康保険の問題を解決するため、すべての国民と同様手頃な健康保険を用意)、(6)アーティストに対する税制の公平性の確保(アーティストが美術館等に作品を寄贈した場合、作品の材料価格ではなく、作品としての市場価格に基づいた所得控除を実施)。

中でも力説されているのが芸術教育への再投資である。マニフェストでは「グローバル経済の中で競争力を保つため、米国はこの国を繁栄させてきた創造性とイノベーションといったものに、再び新たなエネルギーを投入しなければならない。そのため、我々は芸術教育によって培われる子どもたちの創造的な思考能力を育成すべきである」とし、「芸術教育の目的は芸術家を育成することではない。それが芸術家の誕生に結びつくこともあるが、芸術教育の真の目的は、この自由な市民社会において、生産的な生活を営める人間を育成することである」という全米芸術基金理事長の発言を引用している。その上で、「芸術教育が他の教科の成績向上にも効果があることが研究で明らかにされた」と、芸術教育が子どもたちの基礎学力の向上に効果があることが強調されている。

英国でも、今年から全小中学校で「Find Your Talent」という週5時間の芸術教育が創設された。今後の経済の牽引車として世界各国が注目する創造産業を振興し、国際競争に打ち勝つ、という構想がその背景となっている。オバマ次期米国大統領の文化政策は、いわばこの英国モデルを後追いするものでもある。

そして、このマニフェストを見ると、何よりも文化政策を国家戦略の中に明確に位置づけている点が注目できる。文化政策はもはや芸術や文化のためだけのものではない。教育、外交、国際的プレゼンスなど、国全体の政策にとって重要な戦略パーツとなっている。そうした潮流は世界に広がっている。例えば、隣国の韓国でも、1人当たりの文化予算は日本の5倍に達しているが、それは文化政策を国の重要施策に位置づけているからである。

一時的に延期されたとはいえ、やがて訪れる衆院選では、与党、野党ともオバマ次期米大統領にならって、文化政策に関する骨太のマニフェストをぜひ示してほしいものである。
 

(2008年12月12日「研究員の眼」)

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吉本 光宏 (よしもと みつひろ)

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