2008年09月26日

米国の変額年金に対する適合性原則導入と生保業界の対応 -FINRAの規則2821と米国生保協会(ACLI)の反論を中心として-

小松原 章

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米国個人変額年金事業は今や米国生保の中核的な事業にまで成長し、今後もベビーブーマー世代(1946年から1964年生まれの約8,000万人)の退職資産確保のための重要な手段としていっそうの役割拡大が期待されている(2007年末の個人変額年金資産の生保総資産に占めるシェアは約29%で最大の事業部門となっている)。
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1990年代以降の株式ブームや各社間の商品開発の激化等を通じて変額年金市場は急拡大することとなるが、一方でミューチュアルファンド等隣接商品との競合のなかで各社間の販売競争も拡大の一途をたどり、高齢者へのニーズに必ずしも合致しない販売(長期投資目的を持たない高齢者への販売等)や過度な乗り換え販売(新たな解約控除負担の不完全説明等)などのいわゆる不適正販売も見られるようになった。
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このような中で、証券商品として変額年金の販売を規制する全米証券業協会(NASD,その後2007年に組織変更によりFINRAとなる)は、2004年末に証券一般に課せられる適合性原則とは別に変額年金専用の適合性原則(規則2821)の導入を提案してきた。
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この規則案は変額年金の販売に従事する証券業者(ブローカー・ディーラー)・その傘下の販売人等に対して、(1)変額年金推奨のための適合性要件充足(変額年金の重要な特性について情報提供がなされているかどうか等)、(2)当要件遵守を監督する責任者(登録管理者)による適合性の調査・承認、(3)本規則遵守のための監督手続きの文書化、(4)販売人等本規制下にある者の研修方針・プログラムの策定を義務付けるもので、業界側から見ると、一般証券に対する適合性原則との重複となる過剰規制と位置づけられている。
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規制当局(FINRA)に対して米国生保協会(ACLI)等業界関係者は規則撤回要求(既存規則で充分対応可能、新規則は競争制限的であり生保業界にとって不公平である等)を行うが、当局は現実的な修正には応じるものの規則導入には強い方針で臨み、度重なる修正(第四次修正まで)を加えた結果、一旦2007年9月に規則成立となった。
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しかしながら、業界側がなお本規則の実行可能性(システム対応等の体制整備)の観点から、規則施行期日(当初2008年5月)延期を要請したのを受け、規制当局は本年1月に規則の2段階施行(原則5月とし、要件遵守の調査・承認について8月施行とする)という変則的な決定を下した。
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ところが、本年4月に入ると規制当局は、先の決定を覆し、8月施行を予定していた管理者による調査・承認等の部分については一旦取り下げ、近い将来これに代わる新規提案を行い、さらにこれがSEC(証券取引委員会)に規則として正式承認されるまで、その施行を延期するという新たな提案をしてきた。
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したがって、本規則はすでに施行された部分(推奨の要件等)と施行未定の部分が並存するという異例の事態となったなかで、FINRAは翌5月に入り、施行未定部分(登録管理者による適合性の調査・承認期限)にかかわる規則改正案を提示してきた。これによると、登録管理者による適合性調査・承認期限の起算日を従来の「顧客が申込書に署名した日」から「調査を行うブローカー・ディーラーの監督担当事務所が完全な申込書を受領した日」に変更するなど、現実的な対応がなされている。
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本改正案はパブリックコメントに付された後特段の問題がなければSECに承認され規則として成立する予定である。改正規則の施行日は、SECが承認した旨を記載したFINRAによる会員宛通知(Regulatory Notice)を公表した日から120日後とされている。したがって、このまま順調に推移すれば4年超にわたる規制当局と業界側の論争にようやく決着が付けられることになる。
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業界側の慎重な姿勢をも反映し難航を重ねた事実を考慮すると、本規則が変額年金販売実務上いかに大きな影響を与えるかが伺える一方において、当局側も近年の変額年金販売実態に対して強い懸念を抱いている点も明確に読み取ることができる。
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しかしながら、今後の変額年金事業の健全な発展およびその前提としての適正販売を通じた投資者保護という政策目的に照らすと、本規則の実効可能性の確保は極めて重要な要素になりうるものと考えられる。とりわけ、2008年に入り株式市場の混乱が顕著になってきたことを反映し変額年金の販売基調にも変化が見られてきたことを考慮すると、従来以上に適正販売に対する姿勢が問われる状況となってきている。したがって、本規則の施行済部分の定着状況および今回の改正規則の実施とこれに対する生保業界等の実務対応については引き続き注目していく必要があるものと思われる。

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