コラム
2008年06月16日

日本はアーティストにとって働きやすい国だろうか

吉本 光宏

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つい最近、米国のシンクタンク、アーバン・インスティテュートが2003年に公表した研究成果の中に、興味深い結果があることを知った。米国では「国民の96パーセントが、自分たちの地域や生活における芸術の必要性を認める一方、芸術家の重要性を認めるのはわずか27パーセントだった」というのであるi

日本で同じような調査が行われているかどうか定かではないが、芸術やアーティストに対する認識は、この米国の調査結果とさほど変わらないのではないか。日本でも、芸術や文化は重要だ、ということに異を唱える人は少ない。しかし、その芸術を生み出しているアーティストという存在の重要性を認識している人はどれぐらいいるだろう。芸術作品というプロダクトを生産するために、アーティストが働いているという事実には、大半の日本人は無関心だと思うのである。

国勢調査によれば、2005年の日本のアーティスト人口は約31万人ii。就業者総数に占める割合は0.50%で、米国(04年)の0.42%、英国(05年)の0.83%と比較しても少ないわけではない(文化庁調べ)。しかし、芸術活動だけで生計を営める人の割合は決して高くない。(社)日本芸能実演家団体協議会の調査によれば、30歳代の実演家の平均収入は330万円で世間水準の480万円と大きな開きがある。

アーティストとひと言で言っても、職種は様々だ。米国では俳優や舞踊家、演奏家などの実演芸術家(interpretive artist)と作曲家や劇作家、振付家、美術作家などの創造芸術家(creative artist)を区別することが多い。前者は、芸術作品を演じたり、演奏したりすることが仕事で、自ら新しい芸術の創造を行うわけではない。舞台に立てば出演料を得られる(もっともそれには高いハードルを越えなければならないし、報酬も十分とは言えないが)。

しかし、芸術の創造活動に取り組むアーティストは、仕事をすればそれが必ずしも収入に結びつくわけではない。実演芸術家は芸術団体に属し、オーケストラのように給与を支払われることもあるが、創造芸術家は基本的に個人で仕事をしなければならない。

日本にも多額の報酬を得るトップレベルのアーティストもいる。しかし、それはごく一握りだ。アーティストの仕事に対する理解が得にくい原因のひとつに、多くの芸術活動が非営利で行われているということがある。そのため、諸外国では芸術に対する公的な助成制度が充実し、アーティストの仕事の底辺を支えている。日本の芸術助成制度も、1990年代以降、着実に整備されてきたが、規模の面でも制度設計の面でもまだまだ課題が多い。

そんな中、現代演劇や舞踊の創造活動を支援してきたセゾン文化財団は、今年度、芸術団体への支援から「セゾン・フェロー」という劇作家や演出家、振付家といった個人への支援に切り替えるという。彼らによって新しい芸術作品が生み出されなければ、俳優も舞踊家も活躍のしようがない。芸術の根幹を成す創造芸術家の活動を支えようという同財団の着眼点には、公的機関も見習うことが多いはずだ。

芸術をつくるのはアーティストである。日本が芸術文化を大切にする国ならば、アーティストが働きやすい国でなければならない。それが文化国家への第一歩だと思うのである。
 
i キャサリン・デショー、「芸術家」の見える世界を目指して-ユナイテッド・ステーツ・アーティスツについて
 (セゾン文化財団ニュースレターviewpointNo.42, 28 February, 2008掲載)
ii 美術家、写真家、音楽家、舞台芸術家の計
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