コラム
2007年06月18日

「脱炭素社会」における企業のリスクとチャンス

川村 雅彦

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地球の平均地上気温が上昇し続けていることは、紛れもない事実である。その主因は人類の活動に伴う二酸化炭素(CO2)を中心とする温室効果ガス(GHG)の排出であり、産業革命以前には280ppmであった大気中のCO2濃度は、現在380ppmへと大幅に増加している。世界の科学者の集まりであるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の予測では、現在のまま推移した場合、21世紀末には気温は1.8~4.0℃上昇する。地球の環境や生態系は劣化し、著しい気候変動をもたらし、人類社会へ多大な被害を及ぼすことが予見される。米国のフィクション映画「ザ・デイ・アフター・トゥモロー」はその様子を描き、またアル・ゴア元副大統領はドキュメンタリー映画「不都合な真実」で世界に訴えかけている。

このような状況を背景に、この6月のハイリゲンダム・サミット(G8)で『2050年までに世界全体でGHG排出量を少なくとも半減することを真剣に検討する』という数値目標のある合意が成立した。各国の思惑が交錯するなかで、妥協を重ねた玉虫色の決着であり、その実現の道筋が曖昧であるとの批判もある。しかし、わが安倍首相もイニシアチィブをとり、最大のCO2排出国である米国を含めた先進諸国が「脱炭素社会」という目指すべき将来像を共有したことは、やはり人類の歴史の上で画期的なことである。

地球温暖化防止に向けて世界レベルで政治的な方向付けが確定したことは、各国の経済・産業政策(課税を含む)にも大きな影響を及ぼす。最終的には企業別にCO2排出枠が割り当てられる、いわゆる「キャップ経済」の本格化である。これは経済活動の新しい尺度が登場することを意味するが、実質的には“化石燃料の使用制限”である。それゆえ、産業セクターごとにその特性に応じたプラス・マイナスの影響がでてくるが、その中で個別企業の“CO2リスクマネジメント”の能力によって収益性に大きな違いが現れる可能性がある。

例えば、事業拡大のなかでCO2排出量削減の自助努力にもかかわらず排出枠を超えた場合、その超過分に相当する量を排出量取引市場から(あるいは相対取引で)購入せざるを得ず、営業利益の増加以上に営業外損失が膨らみ、結果として増収減益となることが考えられる。逆に、事業プロセスでの低炭素燃料への早期転換により、販売量が増加したにもかかわらずCO2排出枠を下回った場合、その余剰分を市場で売却することにより、営業利益に加え営業外利益により増収増益となることもある。さらに、排出量取得を目的とするファンドや途上国でのGHG削減プロジェクトへの投資により排出量を獲得することによって、自社内に超過排出量があっても相殺することが可能であり、営業外損益をプラスにすることもできる。

脱炭素社会の到来とともに、金融機関や機関投資家にとっても投融資の対象先の評価に当たっては、従来型の財務上の審査だけでは不十分となる。今後は、“CO2リスクは財務リスク”という発想が求められることになろう。ただし、リスクはチャンスの裏返しでもある。先見性のある欧米金融機関は積極的に排出量取引ビジネスに参入しており、新しいビジネスモデルが開発されている。わが国ではこれまで商社が主役であったこの新しいビジネスにも、金融機関が参入できるようになった。金融庁が本年4月に公表した金融商品取引法の政令案のなかで、その業務範囲に「排出権取引」が追加されたのである。
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