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コラム
2003年12月22日
1.中途半端な今回の改正 今回の年金制度改革では、このままでは破綻が懸念される年金制度をいかにして安定したものにし、失われた信頼を取り戻すのかということが課題であった。現在の年金の支給水準では、将来の働く世代の負担が著しく高まってしまうことが明らかで、年金制度の安定化のためには年金の支給水準を引き下げる必要がある。しかし、高齢者の生活を支えている年金の引き下げには抵抗が大きい。 結局、年金保険料は年収の18.35%が上限となり、給付は現役時代の所得の50%を下限として保証するということになった。しかし負担と給付の両方に限度を作るという考えは矛盾を含んでいる。これまでの年金制度改革と同様に、出生率が予想を下回って推移したり、経済成長率が低迷したりすれば、矛盾が露呈して年金制度が行き詰まる恐れが大きい。今回の制度改正もこれまで同様、抜本的な改革とはならなかったと言わなくてはならないだろう。 2.年金の議論に必要な全体像 年金の支給水準を高めれば負担が重くなり、負担を軽くすれば年金の支給水準が低下する、というジレンマの解決を巡って明らかになってきた問題は、高齢化社会の全体像が見えてこないことである。そもそも年金の負担が年収の16%が限界なのか、18%が限界なのかということを考えようとしても、負担の総額が分からないことには判断が難しい。それぞれの部分だけを見れば、負担は不可能ではなさそうにも思えるが、他の部分の負担も考えれば負担が高すぎるという可能性が高い。こうしたことを考えるためには、医療や介護、それから現在の大幅な財政赤字問題の解消のために、どれくらいの負担が必要なのかという全体像が必要である。全体像なしに年金の問題だけを考えようとしたところに大きな問題があるのではないだろうか。 政策は最終的には政治の場で与党内の調整が行われるが、これは正に政治決着であり妥協の産物となりがちである。それぞれの分野の政策を調整する機能は、政府の中では経済財政諮問会議が担っている。とはいえ経済財政諮問会議の場ではどうしても現在直面している多くの問題の処理が優先されるので、長期的なビジョンの議論などは放置されてきた。しかしこれなしには、もはや議論が進まないところに来てしまっているのではないだろうか。 3.老後生活と現役時代の生活の選択 年金制度改革の難しさの背景にあるのは、「老後に一体どれほどの所得があれば満足だろうか?」という問題に答えが無いことである。公的年金制度は、ある意味では国家による強制的な老後のための貯蓄である。しかしこの貯蓄は、国が行う年金制度を通じて誰かが負担してくれるというものなので、どうしても要求する生活水準は高くなりがちになるのは明らかだ。そうではなくて、これが負担も含めてすべて自分のことであれば、豊かな老後のためには現役時代に生活の豊かさを犠牲にしてより多く貯蓄することが必要となるので、自然に歯止めがかかるだろう。 老後の生活を楽しむために、若いときの生活で旅行や、趣味などの楽しみをどれだけ我慢するかは、人によって考えが違う。悠悠自適の老後を送りたいと考えて、若い時には倹約に努めようと考える人もいるだろうし、老後はつつましい生活ができれば十分だとして若い時にしかできないことを楽しもうという人もいるだろう。若い時代の生活と、老後生活の重みの考え方は、個人の価値観の差が大きい問題である。いくら国会が選挙で選ばれた国民の代表だからといっても、コンセンサスを作り出すことは難しいと言えよう。 4.問題は年金だけではない 今後、医療や介護制度についても給付のレベルと負担をどうするかという同じような問題が起こってくるだろう。年金制度と同じように、多くの人が納得するような一律のレベルを設定することは不可能だと思われる。高齢化社会を支える制度の多くは、最低限度のレベルを支える公的な制度と、個人が自分の選択で決める上乗せ部分という二階建てにならざるを得ないのではないだろうか。今回の年金制度改革は不完全なものに終わったが、まず高齢化社会の全体像を議論するところから、やり直す必要があるだろう。 |
(2003年12月22日「エコノミストの眼」)
櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)
櫨(はじ) 浩一のレポート
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