2002年09月25日

Solow型2国モデルによる経済成長、実質金利および貯蓄投資バランスの考察

石川 達哉

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1.
本稿の目的は、開放経済下の長期的経済成長がどのような要因によって規定されているか、高齢化に伴って内外の貯蓄率や労働力人口増加率が外生的に変化した場合に、所得水準・成長率・金利はどう変化するのか、また、どのような条件の下で貯蓄投資バランスは赤字化するか、などの点について、新古典派成長理論の枠組みで定性的かつ定量的に分析することにある。特に、「開放経済下では国内の貯蓄は経済成長の制約要因にはならない」「高齢化の影響を受けて、かりに貯蓄率が低下しても、投資率も低下する可能性があるので、貯蓄投資バランスがどうなるかはわからない」「高齢化が必ずしも貯蓄率の低下をもたらすとは限らない」と言われることに対して、理論分析を通じてこれらに対する答えの範囲を絞り込み、現実のデータと照らし合わせることによって具体的な数字の提示を試みる。
2.
開放経済下における経済成長の意義を明らかにするため、外国の果たす役割の大きさに応じて「閉鎖経済モデル」「開放経済下の小国モデル」「開放経済下の2国モデル」の3つの「Solow 型経済成長モデル」を想定し、コブ・ダグラス型生産関数の下での定常解や移行過程の性質を比較する。国際資本移動が不十分で、資本ストック蓄積に対する海外資金の役割が小さい状況に合致するのが「閉鎖経済モデル」、国際的な実質金利均等化が実現し、海外からの資金供給の役割が最も強く働く状況に合致するのが「開放経済下の小国モデル」、両者を特殊ケースとして内包できる、より一般的な状況に合致するのが「開放経済下の2国モデル」である。
3.
「Solow 型閉鎖経済モデル」においては、定常状態の「効率単位で見た就業者1人当たり資本ストック」「効率単位で見た就業者1人当たり実質GDP」「実質金利」が、粗貯蓄率・就業者数増加率(労働力人口増加率)・技術進歩率・資本分配率・資本減耗率という5つの外生的パラメターで明示的に表現できる。このうち、粗貯蓄率・就業者数増加率・技術進歩率は長期的に変化し得る。現実の経済が定常状態に向かって移行する際の収束速度については、粗貯蓄率以外の4つのパラメターで決まる。どの内生変数も、現状が定常解より低水準であれば上昇を続けるし、高水準であれば低下を続ける。なお、定常状態における「効率単位で見た就業者1人当たり消費」が最大化する「黄金律」の下では「実質金利は実質GDP成長率に等しい」状況が成立する。そのために必要な条件は、コブ・ダグラス型生産関数の下では、粗貯蓄率が資本分配率に一致することである。「現実の経済が定常状態に到達」「粗貯蓄率が資本分配率に一致」の条件が満たされなければ、通常、実質金利と実質GDP 成長率は等しくならない。
4.
「Solow 型小国モデル」においては、「実質金利」が外生的な外国実質金利に固定されるため、定常状態の「効率単位で見た就業者1人当たり資本ストック」「効率単位で見た就業者1人当たり実質GDP」も外国実質金利中心に決定され、粗貯蓄率・就業者数増加率・技術進歩率という国内要因は全く影響力を持たない。移行過程も存在せず、収束速度は無限大である。この状況は、経済規模が極めて小さく、かつ、内外に開かれた金融市場を持つ国に関しては、非現実的とは言えない。なお、外国実質金利が(就業者数増加率+技術進歩率)÷粗貯蓄率より小さければ、「効率単位で見た就業者1人当たり対外純資産」は一定値に収束する。このとき、外国実質金利の方が閉鎖経済モデルにおける実質金利の定常解よりも小さければ、貯蓄投資バランスは負となり、大きければ正となる。
5.
「Solow 型2国モデル」は、「日本」と「外国」それぞれの貯蓄と投資が乖離し、国際資本移動が両国の資本蓄積と経済成長に反映される構造を持っている。2国の実質金利が均等化するいう条件から両国の「効率単位で見た就業者1人当たり資本ストック」「効率単位で見た就業者1人当たり実質GDP」は常に一致する。2国計で見た総貯蓄と総投資が一致するという条件も加えて導出した定常解は「Solow 型閉鎖経済モデル」のそれに相似している。すなわち、定常状態の「効率単位で見た就業者1人当たり資本ストック」「効率単位で見た就業者1人当たり実質GDP」「実質金利」は、両国の粗貯蓄率・就業者数増加率・技術進歩率・資本分配率・資本減耗率で明示的に表現できる。各々のパラメターについて、両国の「効率単位で見た就業者数」をウエイトとして加重平均し、それらを2国統合ベースのパラメターとみなして「閉鎖経済モデル」に当てはめるのと、結果的に等しい。ただし、両国のウエイトは年々変化するため、定常解も年々変化する。また、貯蓄投資バランスを決める主たる要因は、「粗貯蓄率」と「就業者数増加率および技術進歩率と資本減耗率の和」それぞれの2国間差異である。
6.
国内のパラメターが定常解に与える影響について3つのモデルの偏微係数を比較すると、「小国モデル」では基本的に0である。「閉鎖経済モデル」と「2国モデル」の正負の符号は同じで、粗貯蓄率は「効率単位で見た就業者1人当たり資本ストック」「効率単位で見た就業者1人当たり実質GDP」に対して正、「実質金利」に対して負の影響を与える。就業者数増加率と技術進歩率が及ぼす影響の正負はこれらの丁度反対である。効果の大きさの絶対値は、外国のパラメターを全く含んでいない「閉鎖経済モデル」が一番大きく、国内パラメターの影響が0となる「小国モデル」が一番小さく、「2国モデル」が両者の間に位置する。
7.
「2国モデル」に関して、粗貯蓄率・就業者数増加率・技術進歩率が定常解に与える影響について内外のパラメターの偏微係数を比較すると、どの外国パラメターの効果も日本のパラメターの効果の定数倍となる。その定数とは、「効率単位で見た就業者数」の内外比である。また、「日本の貯蓄投資バランスのGDP 比」の定常解に対する効果については、日本の就業者数増加率・技術進歩率は常に正、外国の就業者数増加率・技術進歩率は常に負である。他のパラメターに通常の値を想定すると、日本の粗貯蓄率は正、外国の粗貯蓄率は負の影響を及ぼす。
8.
以上の分析結果に加え、80年代半ば以降に国際資本移動が活発化し、かつ、先進国間の実質金利の収斂が進んだという事実、現在の日本が世界GDP の15%、世界の粗貯蓄の18%を占めるという事実を踏まえれば、現状および今後の日本経済を論ずる際には「2国モデル」を用いるのが適切と考えられる。例えば、「外国」に「日本以外のOECD 諸国」を当てはめ、「外国の経済規模:日本の6.5 倍、内外の資本分配率:33%、内外の技術進歩率:1%、粗貯蓄率:日本30%、外国22%、就業者数増加率:日本1%、外国2%、資本減耗率:日本8%、外国5%」を代入すると、現在の定常解は「実質金利」が3.8%、「日本の貯蓄投資バランスのGDP 比」は2.1%となる。「効率単位で見た就業者1人当たりGDP」の定常解を「自然単位」ベースに換算すると、842 万円である。現在の「自然単位で見た1人当たりGDP」の実績値はその92%に相当する771 万円であるから、日本経済は定常状態のかなり近いところに位置していることになる。各条件が今後も変わらなければ、経済はこの定常解に向かってさらに進んでいくが、1人当たりGDP 成長率は定常状態からの乖離率に比例するので、成長率は低位にとどまる。ただし、今後の高齢化の進行に伴って、定常解を規定する条件も変化すると考えられる。
9.
高齢化の影響は、端的には、労働力人口の減少と従属人口比率の上昇を通じて現れるであろう。重要なのは、高齢化は日本のみならず他のすべての先進国においても進行すること、その度合いとタイミングが一様ではないことである。粗貯蓄率に関しては必ず低下するとは言えないので、「従属人口比率を説明変数とする粗貯蓄率関数」の計測結果などから下限値を想定し、変化しない場合を上限値として前提条件の幅を設定すれば、高齢化の影響を反映した定常解の試算が可能である。例えば、前述の想定に対して「内外の就業者数増加率が2%ずつ低下、粗貯蓄率は内外不変」「内外の就業者数増加率が2%ずつ低下、粗貯蓄率は日本10%低下、外国5%低下」「内外の就業者数増加率が2%ずつ低下、粗貯蓄率は日本20%低下、外国10%低下」という3つのシミュレーションを実施すると、きわめて対照的な結果が得られる。基準ケースの定常解と比べて、「効率単位で見た就業者1人当たり実質GDP」はそれぞれ上昇、ほぼ同水準、低下、「実質金利」はそれぞれ低下(1.0%)、ほぼ同水準(3.9%)、上昇(9.6%)である。「日本の貯蓄投資バランスのGDP 比」はそれぞれ黒字縮小(0.6%)、赤字(-2.2%)、より大きな赤字(-5.0%)となる。つまり、効率単位で見た1人当たり実質GDP や実質金利の方向性に関しては今後の粗貯蓄率次第と言えるが、貯蓄投資バランスは黒字縮小か赤字化のいずれかで、黒字拡大の可能性は低いことを示唆している。これらは一例に過ぎないが、「Solow 型2国モデル」を用いた試算結果の比較を通じて、実現し得る日本経済の範囲を絞り込むことが可能であろう。

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