1990年06月01日

生命保険需要に関する一考察 ― ミクロ経済学的分析

石川 達哉

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■見出し

・はじめに
・分析の前提:将来所得の不確実性と生命保険
・分析の方法と理論モデルの展開
・与件の変化が最適総貯蓄額と最適保険金額に与える影響
・分析結果の検討と今後の課題

■はじめに

昭和63年度末における生命保険の保有契約高は民間生命保険・簡易生命保険・農協共済の合計で1,136兆円に達し、同年度の国民所得の4倍にも及ぶ。このように、生命保険は非常に身近な存在であるにも関わらず、その経済学的な分析は意外と少ない。生命保険に関する分析に対しては、例えば、次の3つのアプローチを採ることが可能である。

第一のアプローチは生命保険契約の持つ保障性、正確には死亡保険部分にのみ着目し、生命保険需要を死亡保障サービスの購入と捉える立場である。多くの場合、生命保険を通常の財・サービスと同様に一期間内における消費支出として取り扱い、家計の所得と生命保険の価格等でその需要を説明しようとしている。現実に存在する生命保険商品は死亡保険と生存保険の複合形態をとるため、このアプローチでは生存保険部分からの給付である満期保険金の意義付けに問題が残る。また、生命保険の価格を何で測るかも技術的な問題として横たわる。

第二のアプローチは生命保険契約の持つ貯蓄性、主に生存保険部分に着目し、収益率が不確実な金融資産として生命保険を位置づけ、資産選択理論の枠組みでその需要を捉える立場である。この場合には生命保険本来の機能である保障性は捨象され、一定期間後の資産としての価額にのみ着目される。資産という意味では、生命保険料支出に対する満期時給付という観点で収益が測られている。満期時には満期保険金と配当金が給付されるが、配当金は事前には確定していないという意味で、生命保険は収益率が不確実な一種の危険資産ということになる。

第三のアプローチは第一、第二のアプローチとやや視点を変え、保有資産ないし所得に関わる不確実性を軽減するシステムとして保険を位置づけ、不確実性下の効用最大化問題の枠組みで最適な保険金額や保険料支出を考察する立場である。第二のアプローチと決定的に異なるのは、保険契約を資産ないし所得の将来価額に関する不確実性をコントロールできる能動的な存在として認識する点である。

富や所得の将来の価額は将来の状態に依存しており、それぞれの状態に応じて異なった値をとるという意味で不確実である。保険契約を利用すれば、事故が発生して富や所得を失っても保険金給付によって逸失所得の一部または全部の補償を受けられる。通常、このアプローチでは富ないし所得に関する1変数・1期間の効用関数を想定し、期待効用最大化問題において最適な保険金額の水準を考える。

本稿は第三のアプローチをベースとしつつ、生命保険契約の持つ保障性・貯蓄性を同時に取り扱える包括的なモデルを構築して分析する。具体的には、不確実性下での貯蓄決定と保険金額決定が不可分であるという前提に立って、貯蓄額・保険金額を同時決定するメカニズムを考察する。即ち、生命保険制度を将来の労働所得に関する不確実性を軽減するシステムとして位置づけ、簡単な2期間モデルによって、最適貯蓄額と最適保険金額ないし最適保険料支出を理論的に導出することを試みるものである。そして、与件の変化が最適貯蓄額・最適保倹金額に与える影響を比較静学的に分析し、生命保険会社に対するインプリケーションを考察することを目的とするものである。

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