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- 我が国貿易・経常収支の動向と今後の展望 -為替レートの及ぼすマクロ的効果-
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<要旨>
'85年度のG5プラザ合意以降の大幅な円高にもかかわらず、日本の貿易黒字は'85、86年度と大きく拡大した。また'89年度に入ってからは円安が進んだが、日本の貿易黒字は逆に大きく縮小した。
このレポートでは、この原因を明らかにするため、当研究所のマクロモデルを用い日本における為替と貿易・経常収支との関係(Jカーブ効果)を分析する。
その結果は以下の通りである。すなわち、円高は通常輸出を減らし輸入を拡大させるために貿易収支の黒字を縮小させると考えられているが、1度限りの円高は、短期的にみれば、(1)円高のドル建て輸出価格上昇の黒字拡大効果が、(2)実質輸出の減少効果、(3)実質輸入の拡大効果、(4)ドル建て輸入価格の上昇効果の3つの黒字縮小効果を上回るため、1年間は黒字を拡大させる効果を持つ(Jカーブ効果の第1フェイズ)。1年間経過後、初めて後3者の効果がドル建て輸出価格上昇の効果を上回り、貿易黒字を縮小させるのである(Jカーブ効果の第2フェイズ)。そして、この第2フェイズの貿易黒字縮小効果は、円高が始まって3年後に最もその効果が大きくなる。
一方、経常収支に対する為替の影響は、貿易収支とはやや異なる。これは、円高が1年間貿易黒字を拡大させるのに対して、貿易外収支に対しては、円高当初から黒字縮小要因として作用するためである。このため、円高の経常収支に対するJカーブの第1フェイズの期間は約3四半期と、貿易収支の1年間よりもやや短いものとなっており、第2フェイズの黒字縮小効果も、経常収支の方が貿易収支よりも大きくなる。
また、円高が継続した場合、その“合成Jカーブ効果”による黒字拡大期間は1度限りの円高よりも長くなる(同率で円高が進んだ場合、貿易収支で2年間、経常収支では1年間黒字を拡大させる)。これが'85年第2Q以降の急激な円高にもかかわらず黒字の縮小が進まなかったもうひとつの原因であると考えられる。
つまり'89年第2Q以降、対外不均衡が大きく改善しているのは、一つは過去'85年度から'87年度にかけた大幅な円高の効果のおかげであると言えよう。もし、'85年第2Q以降の円高がなかったならば、現在の貿易・経常収支の黒字額は1,300億ドルにも達していたであろう。
以上の分析を基に、'90年度の貿易・経常収支の見通しを行うと、'90年度の貿易黒字は'89年度に比べて+146億ドル拡大し921億ドルとなろう。このうち、'89年度の円安の第2フェイズの黒字拡大効果・'90年度の円高の第1フェイズの黒字拡大効果合計は+110億ドルとそのほとんどを占める。一方、経常収支については、海外短期金利の下落による対外債務利子支払い額の減少によって投資収益の黒字が大きく拡大することから、貿易黒字の拡大額を更に50億ドル上回った黒字増加となろう。
もし、'90年度も円安が続けば、貿易黒字はこれほど大きな拡大は示さない可能性がある。しかし、より中期的な対外不均衡の是正を考えた場合、円安の持続はかなり問題があるといえる。'90年度以降、年率で10%の円安が続くと仮定した場合、'90年度には貿易黒字を▲41億ドル縮小させる効果を持つが、'95年度には逆に+368億ドル貿易黒字を拡大させてしまうであろう。
以上のことから判断すれば、今後、中期的に対外不均衡を是正していくためには、円高も一つの解決策になることは確かである。ただ、例えばさまざまな輸入規制の緩和、製品輸入の拡大による輸入の所得弾性値の上昇、海外直接投資の増加による輸出の所得弾性値の低下といった、日本の輸出入構造を変化させていく努力も必要である。
現在進みつつある米国での保護主義の台頭や、日本の準管理貿易への移行の兆しは、世界経済の長期的発展にとって良い結果をもたらさないであろう。過去の為替の対外不均衡是正効果を再認識し、適切な為替政策や財政・金融政策での国際協調により自由貿易主義を堅持すべきであろう。
(1990年02月01日「調査月報」)
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日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
1990/02/01 | 我が国貿易・経常収支の動向と今後の展望 -為替レートの及ぼすマクロ的効果- | 平岡 博之 | 調査月報 |
1989/04/01 | 最近の日本の貿易外収支の動向について | 平岡 博之 | 調査月報 |
1988/12/01 | 1989年の経済見通し -国内の経済見通し- | 平岡 博之 | 調査月報 |
1988/09/01 | 日本の輪出動向と今後の展望 | 平岡 博之 | 調査月報 |
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