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2025年05月02日

ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは?

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3|事実の適示が公然となされたこと
社会的評価を低下させたというからには、少なくとも社会に伝わっている(あるいは伝わるおそれがある)ことが必要となる。これには、刑法の名誉毀損罪において「公然事実を適示し」とあることも関係している。

どの程度流布されれば社会に伝わっているとされるのか、あるいは実際には伝わっていなかったが伝わる危険があったというだけでも公然と言ってよいのかという点に関する裁判所の判断は分かれている6。大まかには、表現内容にのみ触れ、公然性に触れないものから、伝播可能性があることをもって公然性を認めるもの、実際に流布したことを認定するものなどがある7

Facebookなどの多くのユーザーのいるSNSに投稿した場合に公然性があることはあまり問題にならないであろう。ラインのグループなどはどうか。少人数のグループ内の会話であっても、外部に拡散した事例はたくさん見受けられるところであるため、事例によるが公然性を認めてもよいものが多いと考える。他方、個人同士のメール間のやり取りでは、名誉を毀損するメールを送付しただけでは一般的には社会的評価の低下にはつながらないものと考えられる。
 
6 同上 P54参照。
7 同上
4|公共性・公益性および真実性・相当性の抗弁
繰り返しとなるが、上述の通り、刑法では一定の事由が存在すると名誉毀損罪は成立しない。これと同様に、民事上でも、投稿Xが公益に係るものであって、真実である(または真実であることを信ずるに相当の理由がある)ときには責任は問われない。逆に言えば、偽情報を事実として指摘した場合は名誉毀損の責任が問われる。

より具体的には、事実を適示する投稿が人の社会的評価を低下させるものであっても、①その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出た場合(公共性・公益性)であって、②適示された事実が真実であることが証明されたとき、または②´真実の証明がなくとも、その行為者においてその事実を信じるについて相当の理由があるときには、故意または過失がなく不法行為は成立しない(最判昭41年6月23日)とされている。

①公共性・公益性
まず公共性・公益性についてだが、公共性は通常「一般多数人の利害に関すること」と解されている8。また公益目的については、その事実を適示した主たる動機が公益を図ることにあればよく、多少私益を図る動機が混入していても差支えがないとするのが通説とされる9。なお、公益を図る目的については、「記事が公益目的に基づき執筆、掲載されたものと認められるかどうか否かは、記事の内容・文脈的外形に現れているところだけによって判断すべきことではなく、外形に現れていない実質的関係をも含めて、全体的に評価し判定すべき事項である」(東京地裁昭58年6月10日)とされ、投稿内容だけでなく、その背後関係も含めて判断される。

投稿Xが適示する事実は対象者である○○が具体的に描写されるパワハラ・セクハラに及んだことである。企業におけるパワハラ・セクハラ行為は、一般的には従業員がある程度存在する企業において、私人であってもその社会的生活において行われている10ことから、原則としては公共性が認められると考えられる11。また、投稿Xが○○に個人的な恨みを持ち、報復の目的に出たものであるような場合でない限り、従業員の共通の利益を確保するといった公益性が認められ、公益目的があるといってよいと考えられる。

②・②´真実相当性
つぎに上記②・②´にある通り、適示された事実が真実であるか、真実であると投稿者が信じるについて相当の理由がある場合(併せて真実相当性という)には、投稿Xは違法性を欠く。この真実相当性について、投稿者が何を根拠として投稿Xを行ったかは実際に調査(あるいは裁判)をしてみないとわからないことも多い。

ただ、公知の事実と言える場合、たとえば複数の大手メディアで報道されているような事実をもとにした投稿は真実相当性が認められることが多いであろう。他方、SNSの一アカウントだけが発信した情報に基づいた投稿は真実相当性を欠くと認定されることが多いであろう。この点、注意すべきはネット上で炎上している事件でも発信元がごく少数のアカウントであることも少なくない点である。このような場合、少数者が特定の対象者を故意に攻撃しているケースがあり、その場合、真実相当性が認められないだろう。この点、投稿Xが投稿Xそのものに事実を適示するのではなく、具体事実を適示する投稿Yを引用して批判している(リツイート機能)場合や掲示板であるnoteなどにリンクを貼ることでも同様の結論となる可能性がある(東京地裁平28年7月21日、東京地裁平26年12月24日)12

なお、先にあげた具体事例では、個人的な経験や知人からの噂話に基づくもののようにも思える。単なる噂話であれば真実相当性は認められないが、自身や複数の知人が実際に体験したなどの事情があれば真実相当性が認められるものと考えられる。
 
8 前掲注2 p63参照。
9 同上
10 前掲注2 p64では「特定の団体や限られた関係における表現行為については、当該団体の構成員にとって利害あるいは関心の対象となるべき事項であることをもって公共性を肯定し、また、当該団体の構成員全員の利益の適うことをもって公益目的を認めるという手法が多くみられる」とする。
11 逆に私人の私生活に関する事項は公共の利害に関する事実に該当しない。
12 なお、リンクを貼る場合に事実を適示したと認めなかった裁判例もある(東京地裁平22年6月30日)。

5――意見・論評の表明による名誉毀損

5――意見・論評の表明による名誉毀損

1|意見・論評の表明による名誉毀損
投稿Xでは、「△△会社のガバナンス体制や内部通報体制は前近代的だ」とも述べている。これは△△会社の内部体制にかかる事実を適示しているというよりも、会社の体制が不十分であることの批判(論評)を述べているものと考えられる。この場合の法的な責任の有無についての判断フレームは図表2の通りである。
【図表2】論評による名誉毀損の判断フレーム
本件に即していえば、まず△△会社の社会的評価を低下させる論評が公然となされたことを原告である△△会社が主張立証する。これが立証され、投稿者から反論がなければ名誉毀損が成立する。ただし、この立証があっても、被告である投稿者から①論評には公共性があり、かつ公益目的に出たものであること、②前提事実の重要部分が真実であるか、真実であることを信ずるに立つ相当性があること、および③意見論評としての域をこえていないことを主張立証する。これが認められれば、名誉毀損は成立しない。
2|社会的評価を低下させる論評が公然となされたこと
会社に対して名誉毀損が成立するかどうかについては、判例によれば、個人に限らず、特定の政党、会社その他の法人にも名誉権(社会的評価)が存在し、その侵害には賠償責任が生ずる(最判昭34年5月7日)とされている。したがって、会社に対する名誉毀損に基づく損害賠償の請求は可能である。△△会社においては、パワハラ・セクハラ行為を放置するという、労働者の人権を尊重しない前近代的な組織という論評を公然と受けたことにより自社の社会的評価を低下させたと考えることは自然であり、裁判に訴えることは可能である。

また、公然性については上述の○○について述べたところが当てはまる。
3|公共性・公益性および真実性・相当性の抗弁
判例では、ある事実を基礎としての意見・論評の表明による名誉毀損については、①その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、②当該意見・論評の前提としている事実が重要な部分について事実であることの証明があったときには、③人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものでない限り違法性を欠き、②´さらに上記②について意見・論評の前提としている重要な部分について事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があればその故意又は過失が否定される(最判平9年9月9日)とする。

①公共性・公益性
投稿Xが△△会社の名誉侵害となるかどうかについては、まず公共性・公益性があることが必要である。この点、投稿Xは、社会的な存在であり、そこで働く従業員をかかえる会社における内部管理体制の重大な欠陥について論評するものとして、特段の事情がない限り、△△会社の論評部分についても①の公共性・公益性は認められると考えられる。

②・②´真実相当性
投稿Xでは△△会社の内部体制が前近代的であるとの論評を行うにあたり、○○のパワハラ・セクハラ行為があった事実を前提としている。そうすると当該パワハラ・セクハラ行為が重要な部分について事実であることが証明される場合、または投稿者において真実と信ずるについて相当の理由がある場合には真実相当性があることになる。逆に○○においてそのような行為があったこと、またはあると信ずるに相当な理由がなかったとした場合には、真実相当性を欠き、名誉毀損が成立することとなる。

③意見・論評としての域を逸脱したものでないこと
投稿Xにおける△△会社への批判の表現である「前近代的」は一般的な批判文言としてよく見られるものであり、かつ個人を攻撃したものでもない(上記③)。そうすると意見・論評の域を超えていないものと考えられる。

他方、これが社長個人を名指しして、かつ侮蔑的な表現を用いたような場合は名誉毀損が成立する可能性がある。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月02日「基礎研レポート」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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